木村政彦に師事し、山下泰裕、ヒクソン・グレイシー、ロブ・カーマンと闘った世界で唯一の男
「やられるのは決まってお腹でした。お腹を打たれたら、ウワッと大げさに倒れる。要するに痛いふりをしなければいけない。中には腹に漫画雑誌を隠して衝撃を和らげようとする者もいましたね。自分がそれを真似したら、すぐバレてしまいましたけど(笑)」 先輩からの理不尽な要求も今となっては楽しい思い出だと笑う。 「夜、五円玉をわたされ、豚足を買ってこいといわれるわけです。仕方ないので、茗荷谷駅前の派出所のお巡りさんに『すいません、豚足を売っている店を知りませんか?』と聞く。それで買いにいくわけだけど、五円で買えるわけないじゃないですか。結局、自腹を切れということなんですよ(笑)」 このエピソードには続きがある。 西が「買ってきました」と豚足を差し出すと、その先輩は何食わぬ顔で言った。 「西、お釣りは?」 隣の空手部とケンカになって、両部入り乱れてバトルロイヤルの様相を呈したこともあった。 「指導者もわかっているけど、『あっ、ケンカしているんだ』と静観していましたね。すごい時代だったと思います」 4ヵ月後、西は柔道部を退部した。別に先輩からの理不尽ないじめに嫌気がさしたり、柔道が嫌いになったわけではない。どうしても極真空手をやりたくなったというのだ。 実は西は、『空手バカ一代』が「週刊少年マガジン」で連載開始する前から、梶原一騎の空手漫画に思い切り影響を受けた世代だった。 「『空手バカ一代』の前に『虹を呼ぶ拳』という梶原一騎原作の空手漫画があったんですよ。その中に川から流れてきた丸太を正拳で割るというシーンがあった。小学生の頃に読んだので、『拳を鍛えたら、打撃がすげえぞ』ということになったわけです」 近所に同級生の父親である伝統派らしき空手家が住んでいたことも大きかった。 「本職は郵便局員だったけど、猫背でなんか変な雰囲気を醸し出していた。長崎には精霊流しという伝統行事があるけど、そのときに何かトラブルがあったらそのオヤジが間に入って止める。『空手をやっていると、こんなこともできるのか』と感心しましたね」 幼い頃から地元長崎で柔道と空手の先達から受けた薫陶の先に、『空手バカ一代』の影響で人気沸騰中だった極真空手があったということか。すでに柔道で体が出来上がっていた西を極真は喜んで受け入れた。 (つづく) 文/布施鋼治 写真/長尾 迪