人間の社会性は明らかに「不自然」…人間だけが何万年間も大規模な”協調関係”を形成できた「衝撃のワケ」
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第28回 『「不合理な宗教」や「無駄に難しい学術用語」の存在理由を説明する“逆転の発想”…「強者への偽装」を不可能にする戦略を説明する「ハンディキャップ理論」とは』より続く
近年広まっている「群選択」という考え方
利他主義と相互協力には、それらの獲得が適応的(進化上有利)となる明らかな仕組みが存在する。したがって、モラルの基礎の成立は進化の側面から説明できる。その一方で、血縁選択と互恵性だけでは、人間の協調能力のすべてを説明できないことも明らかになってきた。 私たち人間は大集団として協調できる超社会的な生き物だ。少し考えるだけで、「包括適応度」や「しっぺ返し」だけでは、人間の共同体で観察される協調の規模を説明するには不十分であることがわかる。利他的な特性が、ある程度近い血縁関係のあいだでのみ機能できるのだとすれば、集団が数百人規模になれば、もはや遺伝的なつながりが希薄になり、犠牲を払って協力したところで、十分な見返りは得られなくなるだろう。 同じように、互恵関係の連鎖も集団メンバーの数が多くなればなるほど複雑になるので、社会的なギブ・アンド・テイクもまた大きな集団を一つにまとめる手段には適していない。 ある状態から次の状態へどう移行するのか、この謎はまだ解けていない。大きな群れをつくる動物も、少数の個体でゆるい関係を築く生物もたくさんいるが、10万年前には小さな集団で暮らしていたのに、今では地球を覆うほど大きな一つの文明を築いた動物は人間だけだ。 人間の途方もなく大規模な協調関係を説明するために、近年、「群選択」という考え方を採用する学者が増えてきた。この理論は、人間が大規模な協調能力を身につけたのは、進化適応的な環境では、特別に協調的なメンバーで構成される集団だけが乏しい資源をめぐる戦いに勝ち、ほかのグループを打ち負かすことができたからだ、という考えに立脚している。