50歳で仕事に意義を感じなくなる…?多くの人が直面する「仕事の価値観」の大変化
経験への過度な固執、大きな仕事への執着からの離別
定年後に大半の人は組織における重要な役職を解かれる。その後、人によっては継続雇用を挟みながらも、最終的には長く働いた職場を離れ、新天地で新しい仕事を始めることになる。 実際に定年後の就業者の姿をみてみると、すべての人が必ずしも現役時代の専門性を直接活かすことができる仕事に就いているわけではない。むしろ、現役時代の専門性を必要としない仕事に就いている人のほうが多いというのが実態に近い。 山村さんのケースなどは、これまでの仕事における専門性を定年後も緩やかに活かしている事例といえる。定年前のキャリアで培った専門性を活かして仕事ができる環境があるということは、定年後のキャリアにおいて重要である。 しかし、それと同時に、たとえ専門外の仕事に移ったとしても、これまで培ってきた経験は必ず活きることも教えられる。佐藤さんが最後の仕事として選んだのは、看護師寮の管理人の仕事であった。彼が能力の限界を感じながらも充実した仕事ができているのは、これまでの仕事で培ってきた経験があったからだと考えられる。定年前のキャリアで積み重ねた知恵や能力は、定年後の仕事にも必ず引き継がれていくものである。 佐藤さんが定年前の価値観のままに大きな仕事にこだわらなかったことにも意味がある。必ずしも長期にわたる修業や熟練を要しない仕事であったから、高齢になってから参入してもいい仕事ができているのだと考えられる。畠中さんの事例も同様に、比較的に短い期間の修練で独立できる仕事を選んだことが良かった。仮に、彼が大きな成功を夢にみて多額の資本金を必要とする仕事で独立しようとしたのであれば、このような良い結果にはつながらなかったかもしれない。 こうした事例からは、定年後のキャリアでは、定年前のキャリアで培った狭義の専門性を直接活かせる仕事に就くことに必ずしも執着しなくてもよいことがわかる。また、定年後は人が羨むような大きな仕事にもはや固執しなくてもよいということがうかがい知れる。 それと同時に、定年後のキャリアは決してゼロからのスタートではない。定年後の就業者の数々の声は、仕事のサイズにかかわらず、これまでの経験を活かして定年後の仕事に臨めば、仕事で早く基盤を固められ価値ある仕事を続けていくことができると教えてくれる。 定年前に培った能力は、定年後の仕事の成否に確かに影響を与えている。定年後において、豊かに働いている方々が共通して持っている能力は、高い対人能力や対自己能力だろう。畠中さんが言及していたように、役職者は組織において一定の権限を付与されていることから、他者に対して働きかけることはそう難しくはない。しかし、権力を持たない人が他者に働きかけることは決して容易なことではない。定年後の豊かな生活を営む上でもこうした能力を磨いておくことはとても大切なことであり、そういう意味でも再雇用など第一線から離れた後の経験をその後の人生にうまく活かしている人は意外と多いものである。 定年前に高い役職にあった人ほど、定年後の仕事に苦労するイメージを持つ人もいるかもしれない。この点に関しては、定年後の仕事で成功できるかどうかは、必ずしも定年前の役職や収入とは連動していないと私は感じている。 確かに、定年前後の仕事のギャップは、高い役職に就いていた人ほど大きくなる。しかし、管理職として働いていた人たちは、様々な利害関係者との調整を行った過去の経験から、どのように働きかければ人は動くか、どのように自身の感情をコントロールすれば周囲と摩擦を起こさずに物事を進めていけるかなどを経験的に学んでいる。これらの経験をうまく活かすことで、定年後の仕事で成功をしている人も数多く存在しているのである。逆に、組織内の役職に紐づく権限に頼りきってしまい、こうした能力を磨くことができなかった人は定年後に苦労をする可能性があるのかもしれない。 定年後には狭義の専門性が必ずしも直接に通用しないことも多い。しかし、これまでに培ってきた仕事の基礎的な能力は、定年後の仕事においても必ず活きるのである。 つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)