<シリコンバレーから日本の皆様へ>今、日本人と日本企業に必要なのは「できるよ」感
「イノベーション」が世界を席巻している。さまざまな技術が生まれ、ポジティブな印象を受ける一方で、日本国内では「日本発のイノベーションが生まれていない」というネガティブな文脈で語られることがある。 【写真】テスラの車内に設置されたモニター だが、悲観ばかりしていても状況は変わらない。今、日本に必要な視点とは何なのだろうか。 「それは『日本でもできるよ』という前向きなムードを社会に浸透させること、つまり『フレーミング』を変えることです」 穏やかな口調でこう話すのは、AIや半導体などのハイテク企業が数多く集結し、「スタートアップの聖地」とも呼ばれるシリコンバレーのエコシステムを研究する櫛田健児氏だ。 日本人の父と米国人の母のもとに生まれ、日本で育った櫛田氏は、高校卒業後に渡米し、スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校で学んだ。現在は、カーネギー国際平和財団に所属し、カリフォルニア州のパロアルトにあるオフィスを拠点に、シリコンバレーと日本とを結ぶ取り組みを精力的に行っている。 フレーミングとは、考える時の「基準」を意味する。櫛田氏によれば、平成を象徴する「失われた30年」という言葉も、フレーミングを変えることで見え方が変わってくるという。 「この言葉から分かるのは、1980年代後半のバブル期をベンチマークにしているということです。その時の世界は、冷戦期でした。ドイツは東と西に分断され、ソビエト経済圏は孤立し、アジアでは中国やインドといった大国は基本的には内向きで、東南アジアもまだ発展途上でした。冷戦時代の世界は今よりもずっと閉じた、狭い世界だったのです。世界が内向きだった冷戦下に、日本は高度経済成長で著しい発展を遂げていたのですが、その時代の方がよほど〝特殊〟だったのではないでしょうか」
日本にもチャンスはある!鍵は〝したたかさ〟と〝賢さ〟
冷戦後、内向きだった国々が次々とグローバルエコノミーのプレーヤーに仲間入りし、IT革命が起こり、世界はその後も変化し続けてきた。近年では生成AIも隆盛した。現在を起点に今後の30年を見据えた時、櫛田氏は日本のどこにチャンスがあると見るのだろうか。 「今の日本企業には、グローバルに展開することで活躍している企業が数多くあります。これはある意味でプラットフォームになるはずで、シリコンバレーのように新興企業が集積している場所とWin-Winの関係を築くことも可能でしょう。 例えば、ドローンによる測量サービスを展開している米Skycatch社は、建設機械メーカーのコマツと組むことによって、世界のさまざまな場所での測量経験を積み、技術レベルを大幅に向上させて急速に世界展開しました。これはコマツの顧客である建設業界が抱える人材不足への対応にもなり、まさにWin-Winの関係です」 日本の大企業が協業すべき相手は、海外の大企業であるとは限らない。さらに言えば、全く異なる業種であっても、それぞれの持つ力をうまく組み合わせることで新たな価値を生み出せるのである。 櫛田氏は続ける。 「日本が将来、人手不足に直面することはもはや避けられませんが、上手に課題をチャンスに変えることを考えなければいけません。世界でも少子高齢化が進むことを考えれば、先駆者としてこれらにうまく対応することは日本のポテンシャルにもなります」 また、櫛田氏は「働き手や担い手が少ないからこそ、ITやAIの力も借りながら、人間がしたたかにハイエンドに移行していこうという発想が必要」と強調する。 「デンマークは、日本のモデルになり得る面白い国かもしれません。北欧の中では面積が小さく、移民もそれほど多くない。言語が複雑なことも日本と似ています。 先日、日本の厚生労働省にあたるデンマークの労働省の大臣などと意見交換した際に、『AIは脅威ですか?』と聞くと『全くそんなことはない』との答えが返ってきました。彼らは、AIによって失業者が出たとしても『結局、それはもう、われわれデンマーク人がやる仕事ではない』というのです。 政府の支援も受けながらリスキリングなどをすることによって、人間にしかできないハイエンドな仕事を創出し、そこに人を配置しようというこの考え方は、人口が大幅に減少していく日本にも示唆的なはずです」 労働力不足は外国人で補填しきれないし、便利使いしていては誰も幸せにならない。特に現代の日本はそうだ。だからこそ、先端技術を〝したたかに〟〝賢く〟使いこなすのである。 日米を頻繁に行き来する櫛田氏は、日本に蔓延る「努力賞文化」についても懸念を示す。 「『何事も全力で取り組む』『徹夜で頑張る』などということを全て否定するわけではありませんが、精神論的な『努力賞文化』を美化しすぎることは、将来の日本の首を絞めることになりかねません。 サービス業などに多く見られますが、テクノロジーを駆使することなく人力重視で、何か問題が発生した時に、最前線の現場の人間が誠心誠意平謝りしているのを見ていると、いまだに努力賞文化が強いと感じます」