父が抱えた4000万円の借金…女性社長が振り返る人生の転機 「迷いはあった」
20代で、アプリ開発を行う企業を立ち上げた西真央さん。起業して6年、順風満帆に見える西さんには、これまでに人生を変えた2つの出来事がありました。さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。前編ではそのひとつ、学生時代に西さんの身に起こった出来事と下した決断について伺いました。 【写真】20代で企業した西真央さん かわいらしい幼少期と学生時代の姿 実際の写真 ◇ ◇ ◇
連帯保証人となったことで背負うことになった4000万円の借金
建設業を営む父の姿を、幼い頃から見てきたという西さん。家を建てたり、設計したり、工務店のような仕事をしていたという父のことを、「大工さんなのかな」と思っていたと懐かしみます。反抗期もなく、「パパっ子だった」西さんは、幼心に「自分もこういう仕事をしてみたいなあ。いつかは私が継ぐのかな」と勝手に考えていたといいます。 学生時代の西さんは運動部に所属するなど、体力的にも性格的にもアクティブな人柄に成長。父の仕事を継ぐことに対しては、「そういう道もありだな」とより前向きにとらえていたそうです。 そんなある日、一家に突然、4000万円の借金が降りかかりました。 「父の事業で……というわけではなく、父が別の人の連帯保証人になっていて。その人が自己破産してしまったことで、思いがけず私たちの家族に、その借金が降りかかってしまったんです」 父が肩代わりすることになってしまった多額の借金。家族に対して申し訳ないと責任を感じつつも、なんとか状況を打破しようとする父とは対照的に、あまりの衝撃で憔悴しきっていたという母。当時、大学生だった西さんは、精神的なダメージが大きかった母を前に、「自分が支えないといけない」と感じたといいます。 「家族の問題なので、『あなたも入って』と言われて借金の話を聞かされたのですが、その後、家庭内はギクシャクしましたね。私は社会人経験もない、ただの学生だったので、4000万円という金額が大きいことはわかっていたのですが、どれほどの額なのか、働いて返済していける金額なのかどうかさえ考えられませんでした。なので今、自分ができることをしようと思い、母を支えることと同時に、自分自身もしっかりしなきゃいけないと考えていました」 借金をしていた知人との話し合いの場には、父と2人で出席。自己破産すると、借金の支払責任が連帯保証人へ移ることを知らなかったようで、悪意はなかったことがわかったといいます。とはいえ、突然降りかかってしまった4000万円の借金。学費も生活費も親に頼り切っていた西さんは、「自分もひとりの人間として、親と対等な立場で仕事をして稼いでいかないといけないと、急に責任感が出た」と当時を振り返ります。