感染症の文明史 :【第2部】インフルの脅威 3章 鳥インフルウイルス:(2)大変異によって生まれた豚インフル
大変異によって生まれた豚インフルウイルス
実はさらに重大な変異がある。コピーミスによる小変異に対して、他のウイルスと遺伝子を交換して「雑種」をつくる「遺伝子再集合」という大変異である。体内に侵入したウイルスは細胞の表面に吸着するが、そのままでは侵入できない。細胞の表面には、受容体(レセプター)と呼ばれる、細胞が外部から必要な物質を取り込む際の取り入れ口がある。 よく使われるたとえでは、ウイルスと受容体は「カギ」と「カギ穴」のような関係で、取り入れ口にはカギがかかっていて、必要なもの以外は通さない。ところが、ウイルスは膨大な種類の変異を繰り出し、このカギ穴に合うカギを作りだして侵入する。ある研究では、豚インフルウイルス「H1N1」と香港風邪ウイルスの「H3N2」の遺伝子再集合によって、1万8422 個の変異ウイルスができたという。 ブタは鳥やヒトの異なるウイルスの受容体、つまり双方のカギ穴を持っている。ここに鳥とヒトの2種類の異なるA型インフルウイルスが同時に入り込むと、それぞれ遺伝子がブタの呼吸器の上皮細胞の中で混ざって遺伝子再集合を起こし、鳥インフルウイルスとヒトインフルウイルスの遺伝子を併せ持つ亜型が誕生することになる。
もしも、これまでヒトに感染したことのない変異ウイルスができてヒトの集団に侵入すると、免疫を持ったヒトがいないだけに感染が拡大することになる。これがエンデミック(予想を超えた広範囲での流行)であり、規模が大きくなればパンデミック(世界的流行)ということになる。 ウイルスが競争相手との戦いに勝ち、変動する自然環境の中で生き残るには、ひんぱんに変異して変化に適応できる子孫を残さなければならない。そうでなければ、とっくの昔に滅んでいただろう。ヒトは、ワクチンや抗ウイルス剤などの抵抗手段を手にしたものの、彼らには到底かなわないのは、次々と新手を繰り出す新型コロナをみれば一目瞭然であろう。「生き残るのは強い者や賢いものではなく、変化にうまく対応できるものだ」というダーウィンの言葉を思い出してほしい。