感染症の文明史 :【第2部】インフルの脅威 3章 鳥インフルウイルス:(2)大変異によって生まれた豚インフル
常住不滅の存在
40年以上前のことになる。新聞社の科学記者だったときに、米カリフォルニア州ラホーヤにあるスクリップス研究所にマイケル・オールドストーン教授を訪ねたことがある。彼は数々の賞を受賞し、ウイルス免疫学のレジェンド的存在だった。インフルが非常に危険な状態でパンデミック再発する可能性があると強調して、スペイン風邪のウイルスを監視するためにその変異を追いかけていることを最近の研究を例に説明してくれた。 正直なところ、話は難しくて半分ほどしか理解できなかった。ただ、彼が「あんなに小さくて単純な構造のウイルスが、人類史に重大な影響を及ぼしてきた理由は「ever-changing(絶え間なく変わる)」に尽きる」と熱っぽく語っていたのが強く印象に残った。インタビューの途中で2人とも野鳥観察が趣味であることが分かり、取材を適当に切り上げて研究所の前に広がる海岸にバードウォッチングに出かけたことを思い出す。 2023 年7月、欧米のメディアがオールドストーン教授の訃報を一斉に報じ、科学専門誌には追悼の言葉が並んだ。91 歳だった。久しぶりに「ever-changing」を思い出した。こうも語っていた。「危険な病原体は、ヒトがつくり変えた環境やライフスタイルがもたらしたものだ」
変異によって強毒化やワクチンに対する無力化が
ウイルスは細菌とは異なり自力で増殖できない。そのため、他の生物の細胞内に侵入してハイジャックし、自分の複製(コピー)を作らせることで増殖する。ウイルスがニワトリなどの家禽に感染すると、1個のウイルスが16時間後には 1万個、24時間後には100万個という驚異的なスピードでコピーを作り出す。このときに起きるコピーミス、つまり遺伝子の配列の変化が「変異」である。 インフルウイルスはRNAウイルスであり、DNAウイルスと違ってコピーミスの修復機能がないので変異を起こしやすい。そのためヒトに比べて 1000倍から1万倍もの確率で遺伝子の変異が生じる。これらの変異が蓄積して、感染力の強化や強毒化、ワクチンや治療薬に対する無力化などの能力を獲得した変異体が出現する。「より多くのヒトたちがウイルスに感染すれば、その分コピーの回数が増えてミスがそれだけ多くなる」と、米ラトガース大学のシオバーン・ダフィーはいう。