感染症の文明史 :【第2部】インフルの脅威 3章 鳥インフルウイルス:(2)大変異によって生まれた豚インフル
自滅する変異ウイルス
だが、常に変異株が感染を引き起こすとは限らない。感染はむしろ例外的なケースだ。変異の大部分は中立的であり宿主には害を及ぼさない。しかも、変異が全てウイルスにとって有利に働くわけではない。ウイルス自身にとっても遺伝情報が変わることは有害な場合もある。例えば、変異によって生存に必要なタンパク質が作れなくなって、ウイルスが自滅することもある。 この好例は、2002年に中国から流行が始まった新型コロナの兄弟分SARS(重症急性呼吸器症候群)であろう。30カ国・地域で8422人が感染、916人が死亡してWHOは緊急警報を発した。ところが、奇妙なことに突然に流行が収まり、SARSウイルスが勢いを失って急に姿を消してしまったのだ。WHOは2003年7月5日に「収束宣言」を発した。緊急警報からわずか231日の天下だった。 (文中敬称略)
【Profile】
石 弘之 環境史・感染症史研究者。朝日新聞社・編集委員を経て、国連環境計画上級顧問、東京大学・北海道大学大学院教授、北京大学大学院招聘教授、ザンビア特命全権大使などを歴任。国連ボーマ賞、国連グローバル500賞、毎日出版文化賞などを受賞。主な著書に『名作の中の地球環境史』(岩波書店、2011年)、『環境再興史』(KADOKAWA、2019年)、『噴火と寒冷化の災害史』(同、2022年)など。『感染症の世界史』(同、2018年)はベストセラーになった。