ノーベル文学賞ハン・ガンさん、今から読みたい書店員オススメの7冊
ギリシャ語の時間
寂しくて美しく、そして優しい物語 言葉を話せなくなった女性と視力を失いつつある男性。孤独な二人が出会ったのは古典ギリシャ語の授業でした。それぞれが抱える痛みを知る時、読んでいて寂しい人たちだと感じるかもしれません。でもハン・ガンの文章は、寂しさとともに立ちあがる優しさも含まれています。それに寂しいことは特別に悪いことではないとも思えました。 幼いころに独学でハングル文字を覚えた彼女の描写など、この作者にしか描けない美しさです。 静かで穏やかな時間の中、ゆっくりと距離を縮める二人。劇的なことは起こらないけれど、着実に良い方向へ恢復してゆくと感じさせてくれるお話でした。ぜひ静かな雨の日に読んで欲しいです。(もちろん晴れの日でも読んで欲しい)(紀伊國屋書店新宿本店・玉本千幸)
引き出しに夕方をしまっておいた
この詩集の扉は読者に開いている 韓国の小説家は詩人としても活動している方が多い印象があります。 本書はノーベル文学賞を受賞し話題を集めているハン・ガンの詩集です。 ハン・ガンの描く小説は、歴史と個人の人生の苦味をうまく描き出します。 詩はどうでしょうか。詩は難しい。物語から解放された生身の言葉と向き合うのは読者として戸惑ってしまう。でもこの詩集の扉は読者に開いている。鋭い言葉と それを包みこむ丁寧な言葉の、交差する感じが心地よい。 詩を読むというのは、足元の見えない暗い洞窟の中を歩くような行為。とても心細い。そこで、巻末に翻訳者ふたりによる対談が、読者にとって松明のような存在になると思う。(双子のライオン堂・竹田信弥)
少年が来る
人間は、根本的に残忍な存在なのですか? 今年3月、ソウル・西村のカフェで予期せぬ機会に恵まれた。「エピローグの、光州を訪れて取材をする“私”は、ハン・ガンさん自身ですか?」「80%は、そうです」。敬愛する作家が隣に座っているというのに、まともに質問できたのはそれくらいだ。夢のようなできごとに舞い上がって、その直前に購入した『少年が来る』の原書を胸に抱え「一番好きな本です!」と笑顔で伝えてしまった。あんなふうに笑顔で言うなんて……。1980年5月8日、地方都市・光州で実際に起きたこと。軍事独裁政権下で、大勢の市民が自国の軍隊に虐殺され、警察に逮捕されて拷問を受けた。民主化を求めるデモに参加した人とは限らない。ただそこにいただけの、少年少女も無惨に殺された。その日命を奪われた少年の魂の声を聞き、生き残った人、子どもを失った母親がその後どう生きねばならなかったのかを知る、それが小説『少年が来る』だ。言うまでもなく、読むのは苦しい。本の中で、話したくない当時のことを聞かれるうちに「つまり人間は、根本的に残忍な存在なのですか?」と逆に問うてくる人がいる。その問いに、読者として「違う」と即答できない世界に今いることが、この小説を読むことをもっと苦しくする。それでも、だからこそ、読まれてほしいと強く願う。「好き」もどうかと思うし笑顔では言わないけれど「一番好きな本」だ。(ヒマール・辻川純子)