「心配の範疇を超える事件が」「最初は戸惑いました」 大河ドラマ「光る君へ」に翻弄される文学好きが最推し愛を語る
逆風の中で書かれた「物語」
たられば よく話題になる「紫式部は一人で書いていたのかどうか問題」なんですが、以前ある漫画家さんとお話ししたら、その方は、紫の上推しやら、明石の君推しやら、何人かのスタッフがいて、合議制に近い形で話を練り、メインライターの紫式部が取りまとめて書いたのではと推測しておられた。長大な物語ですし、一人きりでは難しそうですよね。現代の漫画家さんの製作現場に近かったのかもしれない。 澤田 あの時代、上手い文や和歌はよく共有されましたが、自分一人で書いた物語を社会に共有されるのって、書いた人にとってはとても怖いことだったと思うんですよ。きっと同志は欲しかったんじゃないかなと思います。 たられば 私たちが考える以上に、物語に対する風当たりが強かった時代。嘘を書くと地獄に落ちると言われていましたからね。『源氏物語』の「蛍」で光源氏が「歴史書が第一で、物語はずっと劣るけれど、物語にしか書けないものがある」と物語論を展開しますが、あれを書いた紫式部は、相当腹立たしかったと思います。 澤田 しかも書き手と読者が近すぎる。狭い貴族社会で、書いた端からみんなが読むなんて。物語の立場が弱い社会であれを書き続けるのは、ものすごいエネルギーを要したはずです。 たられば それに取材もしないと書けないですよね。当時の六条御息所(東宮妃)が寝所でどんなことをして、どう振る舞うかなんて分かるわけがない。本人に聞くわけにもいかないし。 澤田 『枕草子』もそうですが、そもそも、ほんの数人に向けて書かれたものなんですよね。 たられば それが今、世界中で読まれているんだから大したものです。京都を見たことも聞いたこともないような人たちが想像して読んでいると思うと、これも文学の力を感じます。ところで、澤田さんに一つお願いなんですが。 澤田 はい? たられば 次にお書きになる平安ものに、ぜひ清少納言を出して下さい。 澤田 そういえば出したことないです。 たられば どういう印象を持たれていますか、清少納言に。 澤田 頭のいい人ですよね。『枕草子』を読むと好き嫌いもはっきりしているし。でもこの人、これは経験してないなと感じることがあって、例えば歯を痛がる女が美しいと書いているじゃないですか。あれ、実際に歯痛を経験していたら書けないだろうと考えちゃいます。 たられば たしかに。虫歯は麻酔なしで抜くしかなかった時代にこんなこと考えるなんて、ちょっとヤバい人だなとは思ってましたが。 澤田 あれを美しいと言えてしまうとは、ちょっとサディスティックな面があったのかな。あと、歯が丈夫だったんだと思います。 たられば その視点はなかった……。 澤田 それ以上はまた考えます。 たられば ぜひ!