「心配の範疇を超える事件が」「最初は戸惑いました」 大河ドラマ「光る君へ」に翻弄される文学好きが最推し愛を語る
初回のショックを乗り越えて
澤田 私も奈良・平安の歴史を大学で研究し、小説も書いてきて、これまでは大河ドラマの盛り上がりとはまるで無縁だったんですよ。 たられば ですよね……。 澤田 ところが、「光る君へ」の製作が発表された途端、編集者や知り合いの古代史学者から「澤田さん、見た!?」というメールがドッと来て、何なんだ、これは! と。少し落ち着いてから、そうか、戦国や幕末を書いている同業者たちが経験してきたお祭りが私のところにもやって来たんだという理解に至りました。初回をご覧になった時は、どんな気分でした? たられば 最後のシーンで殺人事件が起こりましたよね。あれで飲んでたお茶を、比喩ではなくリアルに吹き出しました。動揺が収まってからは、あのシーンがSNSで炎上しませんようにと、祈るような気持ちでタイムラインを見守りましたね。 澤田 私も祈るような気持ちで大河を見る日が来るとは夢にも思わずで。京都では初回にパブリックビューイングが行われたんですが、そのお知らせがスマホに流れてきた瞬間、何も考えずにポチッと申し込んでました。人生初のパブリックビューイングです。 たられば そのイベント、うらやましいなと思ってたんです。 澤田 あの殺人の場面では、さすがに会場中が息を呑みましたね。平安大河ってどんな風になるんだろうと心配していたら、心配の範疇を超える事件が起きてしまった(笑)。穢れを恐れていた当時の貴族が返り血を浴びたまま帰宅するはずがないと苦言を呈する方々もいましたが、私は、しょっぱなで平安ルールみたいなものが軽々と吹っ飛ばされた以上は、もう振り落とされないように付いていくしかないという気持ちでした。 たられば 私も最初は戸惑いました。手を握ったり、顔をじかに見るまでの過程がドラマになる時代なわけじゃないですか、平安は。だから、まひろ(紫式部/吉高由里子)と三郎(道長/柄本佑)が二人で顔を見せながら鴨川沿いを歩くなんて本来ありえない。ですが、この大河では、まひろと三郎が対面しなきゃ生まれないドラマを作るつもりなんだなと考えて、複雑ですが乗り越えました。 澤田 登場人物が顔を合わせないとドラマにならないし、まひろが外に飛び出さないと物語が進まないですよね。その点で脚本の大石静さんの振り切り方はすごいと思います。物語の構成はお上手だし、登場人物たちの感情の動きも見られるから、細かいことはいいか、という気分になれる。悪い意味ではなく、あの時代に対して、そこまで執着のない方だからこそできるアクセルの踏み方です。 たられば 多くの人に見てもらうために、当然の手法ではあるでしょうね。実際、ドラマのお陰でたくさんのお客さんが平安界隈に来てくれました。何より清少納言をこんなに出してくれて、もう本当に、ありがたいの一言です。紫式部が主役なら、清少納言が悪く描かれたり、数回しか登場しない可能性もあると覚悟していたので。 澤田 ドキドキさせられたけれど、トータルでは百点という感じですか。 たられば トータルでは一億点です(笑)。燃え盛る二条邸の中で、生きる気力を失った定子に向かって清少納言が「生きねばなりませぬ!」と訴える。そんなこと実際にあるわけがないんだけれど、もう号泣しました。「今日から俺の定子様と清少納言はこれでいいです。ありがとうございます!」という気持ちです。