「心配の範疇を超える事件が」「最初は戸惑いました」 大河ドラマ「光る君へ」に翻弄される文学好きが最推し愛を語る
「推し」への責任と緊張
澤田 でも平安って正直、ニッチな時代じゃないですか。 たられば そうですねえ。神田の古書店に行くと、戦国や幕末関係の棚は一階の目立つ場所にドーンとあるのに、平安ものは二階にあったりして。 澤田 わかります。 たられば しかも僕が一番好きなのは『枕草子』なので、『源氏物語』との扱いの差にいつもションボリします。 澤田 なぜ平安文学に興味を持たれたんですか。 たられば もともと百人一首を全首覚えていたり、『枕草子』を読んだりといった程度には好きでした。それが、2007年にサントリー学芸賞を受賞した山本淳子先生の『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』を読んで、一条朝(一条天皇の時代)を好きになったことが決定的な契機だったかなと思います。その頃は隅っこで一人で本を読んでいるタイプだったんですが、そのうちSNSを始めて、古典文学の話を投稿するようになった。すると、それなりに読まれて反応があることに驚きました。 澤田 それが今や23万ものフォロワーがいらっしゃるとは。『枕草子』が一番お好きなのはなぜなんですか? たられば 一番は「敗者の文学」であるという点ですね。不遇の定子を思った清少納言が、随筆の中に定子とそのサロンの姿を美しく封じ込めた『枕草子』は、いかにして負けるか、負けた後にどう振る舞うべきかをカッコよく教えてくれます。 澤田 摂関政治の中で敗者になった人たちは他にも数え切れないほどいます。その中でなぜ中(なかの)関白家だけが現代まで語り継がれているかといえば、『枕草子』があったからですものね。 たられば おっしゃるとおりです。今日ここに来てよかった! 負けた側の人生にも意味があると肯定してくれる随筆が日本で一番読まれている。そのことは日本人のメンタリティに少なからぬ影響を与えていると思います。敗北の文学がこの世界の美しさを祝福している、という点も素晴らしい。それに敗者だけでなく、勝者である藤原道長の権力の強大さを後世に伝える役目も果たしている。筆の力、作品の力を感じます。 澤田 最近は毎週日曜に「光る君へ」をリアルタイム視聴しながら関連する知識や感想を10に投稿なさっていて、あれは面白い試みですね。 たられば ありがとうございます。放送中はPCを開いて、傍らに参考資料――『小右記』『御堂関白記』『紫式部集』『枕草子』なんかを置いて、すぐに調べられるようにしています。 澤田 もう少し時代が進むと『紫式部日記』も加わりそう。 たられば じつのところ、2024年の大河の主役が紫式部だと発表されて以来、ずっと情緒不安定なんです。宝くじに当たったような喜びと、自分の推しが国民的注目に耐えうるのかという不安の間で揺れ動きまくっている。 澤田 近所の贔屓の定食屋がミシュランの星を取っちゃったという感じ? たられば はい……。これまで数十人単位の村でどんぐりを拾って生きていて、今日は良いどんぐりが拾えたねー、とキャッキャしているところに、突然何十万人もの観光客が来てしまい、「あの、どんぐり……見る?」とおずおず差し出している感じ(笑)。 澤田 どんぐり! たられば 馬鹿みたいなことを言っているのは重々承知ですが、ここで私が対応を間違えると、大好きな『枕草子』や平安という時代自体の評価まで下がってしまうのではないかという緊張感が常にあります。 澤田 このドラマが今後、日本人の平安イメージの源になる可能性は大きいですものね。