二十歳のとき、何をしていたか?/綾小路 翔 心が折れ、逃げ出した19歳。 夜の街・歌舞伎町で揉まれ、 辿り着いた氣志團という出発点。
目立ちたい一心で制服を改造。 バンドも始めた木更津の青春。
ここは駒沢のガソリンスタンド。純白の特攻服に身を包んだ綾小路翔さんは、二十歳の頃、この場所で社員として働いていたという。木更津から駒沢までの上京物語だ。 【取材メモ】まるでラジオみたいな、笑いだらけのインタビューだった。駒沢のガソリンスタンドは惜しまれつつも5月末で閉店。「実は今日ここに来ることを所長と主任にも連絡したんですよ」と翔さん。色々あっても今も連絡が取れるって素敵だなあと感慨深かった。 「10代は目立ちたがりでした。目立つといっても色々あると思うんです。ルックスがいい、運動神経がいい、殴りっこが強い。でも、僕はそのどれも一等賞になれなくて」 生まれ育った千葉県の木更津が「房総半島の玄関口」と呼ばれるのは、東京湾アクアラインが開通した1997年以降。翔さんが10代を過ごした’90年代初頭は、のどかな田舎町だった。目立ちたいがゆえ、翔さんはヤンキーになった。でもその実態は、いわゆる「ワル」とは違ったようだ。 「ヤンキーってある意味かわいい生き物なんです。本物の無法者なら学校なんかシカトすればいいのに、何だかんだでちゃんと来るし、規則からちょっとはみ出すのが美学。変型学生服だってそう。学ランというカテゴリーの中で短くしたり長くしたり。オートバイも然り。カスタマイズが好きなんです」 さらに中学の頃に訪れたバンドブームに衝撃を受け、自身も活動を開始。技術がないからと早い段階でオリジナル曲を制作し、メンバーを入れ替え、ライブハウスのオーディションを受けるなど精力的に活動。やがて進路を考えた高3の秋、「音楽で東京に行こう」と決めた。仲間に話すと驚きの回答が。 「ドラマーの(白鳥)雪之丞が『新聞奨学生でESP(音楽専門学校)に行く』って言うんですよ。彼とは幼馴染みで、お坊ちゃん育ちなのも知ってるから、お前みたいなもんがそんな殊勝な言葉を!? と呆然。他の仲間も『夏休み前に面接受けてきた』と。僕なんてマザー牧場でバイトして海でBBQして、ぼけーっと夏休み過ごしちゃったんですよ。これはやばいと」 上京には資金がいる。父親に相談するも梨の礫。正解が見つからないまま卒業を控えた3月、副担任に相談してみた。 「『入社式って4月だよ。お前に何ができるの?』と呆れられて。当時ガソリンスタンドでバイトしていたので、その業務なら完璧にわかると嘘ついたら、先生が色々電話してくれて、一件面接してくれる会社が見つかったんです」 卒業ギリギリで就職が決まり、近くて遠い花の都へ。原宿駅前にあった歩道橋で「東京の皆さん、ちょっくら伝説作りに来ちゃいました!」と叫ぶほど、気持ちは高まっていた。勤め先は世田谷区駒沢のガソリンスタンド。寮は大田区の六郷にあった。 川崎の隣だし、東京って感じしねえな、さっさと金貯めて辞めようと思ったんですけど、社会人を舐めちゃダメですね。地元じゃタバコ吸いながらテレビ見てるだけのバイトだったのに、東京は全然違う。当時はレギュラーが1ℓ87円くらいの激安時代で、競争が激化してサービスに力を入れまくってたんです。窓を綺麗に拭いて、ボンネットのチェックをさせてもらって、『オートマチックトランスミッションフルードの交換の時期ですね』なんて営業かけて。通勤も大変でした。六郷から電車とバスを乗り継いで片道約1時間半。朝から晩までクタクタで、バンドなんか無理。すぐ1年が過ぎちゃって」 地元に帰った仲間もいたが、雪之丞さんは6つのバンドを掛け持ちするドラマーに。昔からコミュ力が高く、東京の知り合いに声をかけられ、全国ツアーに参加するまでになっていた。翔さんも誇らしい気持ちで応援していたが、徐々に心がすさみ始める。 「暗黒時代ですね。木更津では自己肯定感に満ち溢れた子だったのに、自信がなくなって。それに、雪之丞から『バンドやろうよ。一緒にツアー回ろうよ』とピュアに誘われたけど、俺会社あるしなあ、ってしんどくなって。それで、人生であのときだけなんですけど、朝起きたらふと『仕事行きたくない』って思ってしまったんです。体が動かない。それで連絡もせずにバックレてしまったんです」 1週間ほど現実逃避をしたが、逃げ続ける勇気もない。留守番電話には「俺のところに来い」と主任の声が残されていた。 「『所長に謝ってやるから』って。主任は東京のお兄ちゃんみたいな存在で。一緒に会社に行ったら、所長が2秒で『クビ』と。もう、恥ずかしくて情けなくて、なんてみっともないことをしたんだろうと。大好きだった所長と主任を裏切ってしまった記憶が、トラウマみたいに残りました。だから、その後も嫌なこと、怖いこと、いっぱいありましたけど、逃げずに解決する方法を探すようになりました。バックレたら終わりだから」