江戸時代のウォーレン・バフェット?「相場の神様」本間宗久に学ぶこと
■「記念館」をつくれば全国から市場関係者がやってくる 宗久と光丘はおじ・おいの関係になる。マーケットとビジネス、虚業と実業、私益と公益、グローバリズムと地元貢献。まことに対照的な人生だったことになる。 ただし両者は、晩年になってお互いを認め合うようになり、和解を遂げたそうである。それは望ましいことで、まっとうな部分といかがわしい部分、両方がそろわないと資本主義という仕組みは成立しないことになっている。
こうなると筆者の悪い癖で、「本間宗久と光丘の、対立と和解の歴史を描くNHK大河ドラマはどうだろう?」などと考えてしまう。宗久と光丘の間には、実は若い頃から一種の「出来レース」があったと考えると面白い。 播州・姫路に修行に出された若き日の光丘を宗久が陰で支援していたとか、江戸で破産して帰ってきた宗久を光丘が励ましたとか、死に際の宗久が「ワシの財産は全部、酒田の防砂林事業に使ってくれえ」と言い残すとか、いいドラマができるんじゃないかと思うのである。
今どき「大河ドラマで街おこし」とは、われながら少々古い発想だとは思う。とはいうものの、現在の酒田市は「売地」の看板が目立ち、お店も早い時間に閉店してしまう、ちょっと寂しい街なのである。有名な「酒田ラーメン」のお店も、午後3時にはほとんど閉店してしまうので、哀しいかな食べそびれてしまったのである。 それでも鳥海山の雄姿には見惚れたし、日和山公園では日本海に沈む夕日を写真に収めることができた 。酒田市の皆さん、あとはお願いですから、本間宗久記念館を作ってください。きっと全国から多くの市場関係者が訪ねて来ると思いますから。
できれば、こんなふうに言ってもらいたいものである。「宗久翁の教えに触れて、私も香車一枚強くなりましたよ」と。 (本編はここで終了です。このあとは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください) ここから先はおなじみの競馬コーナーだ。 6月23日の日曜日は上半期を締めくくるG1レース、宝塚記念が行われる。冬の有馬記念と並び、JRAが夏のボーナスに狙いを定めて作ったグランプリレースだ。