花嫁を全力で笑わせる「道化」とは 岩手の「幻」の風習を訪ねた
花嫁の不安和らげる効果
それにしても、そこまで花嫁や参列者を笑わせようとするのはなぜなのか。確かに結婚はおめでたい。でも関係ない赤の他人が「乱入」してまで、ど派手に盛り上げようとする理由をもう少し解明したい。そんな疑問に中井さんが答えてくれた。 「道化は場を盛り上げるためにやんだけど、それだげでねの。今よりも結婚するのがうんと若がった時代だがら。嫁こさ来る娘は見知らぬ土地の暮らしに不安でいっぱいだすぺ。新しぐ生活を始める花嫁の緊張ば和らげで、その両親を安心させるっていう役割もあんの。みんなが歓迎してる姿を見せでね。んだがら、地域総出でバガやったのさ」 なるほど。地域の外からやって来るお嫁さんとその家族を安心させるためにやるのか。そのためなら、馬鹿にもなろうという心意気。この地域の温かみを感じるではないか。 道化の中でも特に盛り上げるのがうまいのは、かつて自分たちも花嫁として甫嶺にやって来た人たちだという。「名人」の中井さんもその一人。敏子さんはこう褒める。「中井さんみだいな美人さんが滑稽にやんだもの。『え、この人が?』という人がやっとよげい面白いんだよ。甫嶺の人はみんな大人しいから。助かってんの」
実際に道化を見てみた!
地元紙の東海新報にも道化について問い合わせた。すると、大船渡市の下船渡地区で3年前、実際に道化が行われたことがわかった。その中心人物にも会うことができた。 荒井アヤコさん(82)。荒井さんによると、この地区の道化の特徴は、「女性の一生」をテーマにしていることだ。生まれてから結婚するまでを仮装で表現する。例えば、母親になった女性を演じるため、人形の赤ちゃんを抱っこしたり、本物の子どもの手を引いていたり。「人が足んないと、ほれほれほれって周りさ声かけんの。孫も小さいころにおぶさって出たごどあるんだよ。そうやって、子どものころから何気なく参加して。誰さ教わるでもなぐ覚えでいぐの」と荒井さんは言う。 2月下旬。荒井さんが地域の人たちと道化を再現してくれた。冬が深まるこの時期。温暖な大船渡でも小雪が舞っていた。駆けつけてくれたのは高齢の女性16人。嫁入り道具の「長持」(衣類などを収納する木箱)を担ぐ人、引き立て役としておどける偽の新郎新婦、子守りをする母親、おかめにひょっとこ。何とバラエティーに富んだことか。 先頭を踊りの得意な人が歩き、大人しい人は面をかぶって後に続く。花嫁行列の際、披露される祝福の唄「長持唄」を聴きながら荒井さんが言う。「昔は結婚式のとき高らかに流したもんだよ。これが聞こえると地域の人みんな外さ出はってくんの。今ではみんな式場で挙げっから、後がら結婚したんだよって聞ぐの。同じ良かった良かったでも、式場の中だけより、みんなに祝ってもらうほうがうれしいと思うんだけどね」