花嫁を全力で笑わせる「道化」とは 岩手の「幻」の風習を訪ねた
道化経験者と対面
資料が届くのをただ待つのも落ち着かない。なんとかして道化に会いたい。はやる気持ちから、手がかりを求めてあちこちに電話をかけた。「高齢だからインタビューは無理」「震災で地区の人がばらばらになっているからねぇ。今はどちらに住んでいるのか」……。道化探しは難航したが、大船渡市三陸町に道化をやっていた女性たちがいることがわかり、取材を受けてくれることになった。 うねうねとした連続カーブが続く峠道を乗用車で進む。やがて静かな浜辺の集落、甫嶺(ほれい)にたどり着いた。 待ち合わせの場所は、入り江にある公民館だった。早めに到着して周囲を眺めると、公民館の下には津波に見舞われた三陸鉄道・甫嶺駅が見えた。「道化について聞ける雰囲気があるのだろうか」。不安な気持ちになった。 「どうぞ」。そう言われて、おそるおそる中に入ると、にぎやかな声とともに、4人の女性のにこにこした表情が目に飛び込んできた。緊張が緩むと同時にテンションが上がる。 最初に証言してくれたのは新田敏子さん(80)。「道化っていうのはね、一言でいえば『おだず』ごど。『おだず』ってわがる? どける(おどけるの意味)んだよね。着物を後ろ前に着たり、左右別々の履き物にしたりしてね。まったくチンプンカンプンな格好をして、どけで歩ぐのさ」。そう言って、テレビドラマで道化を再現するシーンに自ら出演した際、撮影してもらった写真を見せてくれた。髪の毛が「バーコード」状態のかつらに黒縁眼鏡。ラクダ色の肌着に腹巻、カラフルな上着を羽織った姿。ほとんどお笑い芸人だ。 中井幸江さん(71)も再現シーンに出演。このときはピエロのような仮装をしていた。「写真ではわがんないけど、鼻のどごろがぴかぴかすんの」と中井さん。表情はドヤ顔である。
道化仲間から、中井さんは「名人」として一目置かれているという。「付けヒゲとストールさえあれば、道化でぎんだよ。いづ何があっかわがんないがら、カバンさ必ずストール1枚持って歩ぐの。わだしの場合、旅行だの同窓会だの何が集まりがあるっつうどおどげでみせんの。黒タイツで泥棒ヒゲだって作れんだよ。輪ゴムで耳さかけっから痛ぇんだけど」。いつでもどこでも道化になれる。「プロ意識」がにじみ出る。 「旦那が良い顔しねがら、2階さ衣装ば隠しておいで、窓がら放り投げて内緒で道化さ出がげだごどもあんだよ。良いストレス発散。今で、どける(おどけるの意味)人ってないでしょう。若いとおしょす(恥ずかしいの意味)んだが、教養が邪魔すんのがね。でも、人生は往復切符じゃないもの。片道でしょう。楽しまなくちゃ」。中井さんがそう言うと、新田千秋さん(68)も「そうだよねぇ。特に震災もあったから、意識が変わったっていうか。とにかく楽しくしないとだめだと思ったよ。やるしかないって。道化は自分にきたチャンス。楽しまないとね」と話した。 面白かったのは、道化に使う道具の話だ。「出動」に備えて、常日頃から道化に使えそうなものは取っておくのだという。例えば釣った魚やワカメなどを入れておく竹やわらで編んだ小さなかごの「ふご」。真っ赤なももひきや壊れた長靴などだ。仮装に使えるので捨てない。夫の着た背広を裏返して羽織ったり、古い鍋を鳴り物として使ったり。おかげで押し入れは、道化用の道具や衣装で一杯だという。