「病院のハシゴ」は意味がない? 慢性的な疼痛が消えない理由と効果的なトレーニングは? 「脳が痛みを作ってしまう」
運動による脳内麻薬で痛みを軽減
次に筋トレは、3~7回やると限界というくらいの強度のものを、週に3、4回行えば筋肉を維持できます。なお、効率的に筋肉をつけるには、筋トレ後、30分以内にタンパク質を摂取するとよいでしょう。 さらに、運動することのメリットは達成感が得られる点にもあります。運動すると脳内でドーパミンが放出されますし、20~30分の有酸素運動をすると、ベータエンドルフィンやカンナビノイドという脳内麻薬と呼ばれる物質も出てきます。これらによって、痛みから解放される効果もあるのです。 そんなハードな運動は無理と思われる方は、有酸素運動や筋トレをする基礎を作るために、まずはお尻のストレッチから始めてみてください。お尻の周りには、腰をはじめ体全体の姿勢に影響を及ぼす重要な筋肉が集まっているため、「動ける体」を作るためには、お尻からほぐしていくのが有効なのです。 特に二つのお尻ストレッチを私は推奨しています。一つめは、膝を胸に近づけるストレッチです(イラスト1参照)。仰向けに寝そべって行うのでも、椅子に座ってやるのでも構いません。右脚のすね辺りを両手で持って、膝をぐっと胸に近づけてください。お尻の後ろの筋肉がよく伸びるはずです。それを左脚でも行う。 ポイントは、右脚であれば左胸、左脚であれば右胸に近づけることです。「右脚―右胸」「左脚―左胸」と比べて、よりお尻周りの筋肉を伸ばすことができます。 二つめは、椅子に座って膝を外側に倒すストレッチです(イラスト2参照)。右の足首を左の太ももの上に乗せて、できるだけ右脚が床と平行となるように手で右膝を押します。そして、猫背にならず、よい姿勢を保ったまま、上半身を前傾させる。やはり、お尻周りの筋肉が伸びるのを感じることができるはずです。
田んぼのおじいちゃん
二つの体操とも、左右5回くらいずつから始め、慣れたら回数を増やしていってください。継続すると、徐々に体が動かしやすくなっていくことでしょう。 腰が曲がりながらも、毎日快活に田んぼ仕事を続けているおじいちゃんを見かけたことはありませんか? そういうおじいちゃんは、腰はもちろん、長年の労働で膝なんかも痛いに違いありません。でも、毎日動き続けることによって、なんだかんだで筋肉と心肺機能が鍛えられ、元気に長生きできている。動くのは完全に痛みを取り除いてから、と考えていたら、生き生きと田んぼ仕事などできません。 痛みゼロを目指すのか(そもそも難しいケースがあるわけですが)、痛みを気にし過ぎず、そして痛みに振り回されることなく活動的に生きるのか。どちらがより望ましい人生なのか――。「田んぼのおじいちゃん」が、慢性疼痛の方が進むべき道を示してくれているのではないかと私は考えています。 牛田享宏(うしだ・たかひろ) 1966年生まれ。高知医科大学卒業。専門は疼痛医療学、小侵襲治療、運動療法。米国のテキサス大学、ノースウエスタン大学の客員研究員などを経て、愛知医科大学教授に。現在は、愛知医科大学・疼痛緩和外科部長と同大病院の副院長を兼任し、日本の医学界において痛み治療をけん引している。『いつまでも消えない「痛み」の正体』などの著書がある。 「週刊新潮」2024年12月26日号 掲載
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