国境を超えるクラフツマンシップ。インドの伝統染色アジュラックを手がける向井詩織
カッチでの生活を始めてから6 年目の現在、向井はインドでは4つの工房を行き来する。前述の工房のほか、グジャラート州ブージにある絞り染めや板染めの工房、現地のNGO「シュルジャン」で働く。同NGOから派生した工房では、職人たちの仕事の監修も務める。 一年のうち4カ月はインドに滞在して自身の作品をつくったり、企業からのオーダーも請け負う。日本に戻ると、制作のほかに全国各地でワークショップを精力的に行なっている。アジュラックの技法をもっと世に広めたいという一心で足を運んだ先は、京都の老舗染色材料専門店である田中直なお染料店だった。 「何のつてもなくワークショップをやらせてほしいと営業に行きました。門前払いされるかと思いきや、偉い方々と直接話せる機会をいただきました。そして、ワークショップのみならず、家庭でも染色の工程を楽しめる『ナチュラルブロックプリントキット』やペーストを一緒に開発し、つくることになりました。ちょうどコロナ禍で草木染めが注目を集めていた頃でしたね」 惚れ込んだ伝統技法を学ぶだけでなく、それを足がかりにして世界へどんどんシェアしていきたいと考える向井は、臆することなく新たな扉を開いていく。 「インドはクラフトの歴史が長く、いろいろな文化が底なしに絡まっています。やればやるほど技術は深まりますが、現地の職人にかなわないところもある。でも、日本から来た私だからこそ何か違うことを持ち込めるのではないかと考えました」。 田中直染料店と共同開発した『ナチュラルブロックプリントキット』の売り上げをインドの小学校建設のために寄付し続けているのも、そのひとつ。「ブロックプリントを広める環境を整え、よい循環をつくっていきたい」と向井は言う。
向井は、インドの人々について「伝統を守り、かつ新しいものも積極的に吸収しようとする。必要な技はすべて身につけようとするパワーがある」と評する。そのエネルギーを得て、向井自身も、クラフトへの愛で国境や言語、宗教の壁を超えていこうとしている。 「アルメニアから声がかかり、ワークショップを企画しています。アフリカにもいつか行きたい。世界にたくさんあるクラフトの技を見てみたいんです」 BY MICHINO OGURA