世界最小電動ルーフ装備のダイハツ「コペン」。“最小のボディに、最大の夢を”を具現化した傑作を見てみる【歴史に残るクルマと技術066】
2002年、ダイハツから軽自動車のオープンスポーツ「コペン」が登場した。軽自動車初であり世界最小の電動オープンルーフを搭載したオープンスポーツは、愛らしいラウンディッシュなスタイリングと軽快な走りで、オープンカーファンの熱い注目を集めた。 TEXT:竹村 純(Jun TAKEMURA)/PHOTO:三栄・コペンのすべて、2003軽自動車のすべて ダイハツ初のオープンカーは、コンパーノ・スパイダー ダイハツ・コペンの詳しい記事を見る ダイハツは、1907年にエンジンを製造する「発動機製造株式会社」として創業し、戦前から戦後にかけて需要が高まった3輪トラックの製造で成功を収めた。乗用車市場への参入は、1963年に「コンパーノ・バン/ワゴン」、翌年1964年にセダンの「コンパーノ・ベルリーナ」から始まった。 ダイハツ初のオープンカー「ベルリーナ・スパイダー」は、1965年にベルリーナのルーフを取り去り、収納可能なソフトトップを装備した4人乗りのオープンスポーツカーとしてデビューした。デザインは、当時フェラーリやアルファロメオなど数々の名車を手がけたイタリア人カーデザイナーのアルフレッド・ヴィニアーレである。 スポーツカーという位置づけから、エンジンを0.8Lから1.0Lに拡大した直4 OHCへ載せ替え、ツイン・ソレックスキャブレターを装着。最高出力65psと4速MTの組み合わせで、最高速145km/h、0→400m加速18.5秒と、当時のスポーツカーとはしては十分な性能を発揮した。 コンパーノ・スパイダーは大ヒットとはならなかったが、イタリア映画に出てくるようなお洒落なスタイルが一目置かれる存在だった。 ダイハツ初の軽オープンカーは、リーザ・スパイダー コペンデビューの10年ほど前の、まだ日本がバブル景気に沸いていた1990年代初頭、3台の軽スポーツ“ABCトリオ”が登場した。 ABCの“A”は軽唯一のガルウィングを備えたマツダ「オートザムAZ-1(1992年~)」、“B”はNAながらレスポンスの良い高回転型エンジンを搭載したホンダ「ビート(1992年~)」、“C”は軽乗用車唯一のFRスポーツのスズキ「カプチーノ(1991年~)」である。大きな注目を集めたが、発売のタイミングが悪く、バブル崩壊の煽りを受けて短期間で生産を終了した。 一方でダイハツは、同時期1991年に軽オープンの「リーザ・スパイダー」を発売。専用ボディの独立モデルだったABCトリオとは異なり、1986年にデビューしたスペシャリティ色の強い3ドアハッチバック「リーザ」のルーフを切り取った既存車のオープンモデルだった。 リーザ・スパイダーは、最高出力50psを発生する550cc直3 SOHCターボエンジンを搭載、またABCトリオが2シーターだったのに対して、4シーターとして差別化を図った。しかし、話題となったABCトリオの陰に埋もれて、リーザ・スパイダーの販売台数はわずか380台にとどまり、爪痕を残すことはできなかった。 世界最小の電動ルーフを装備した軽オープンのコペン リーザ・スパイダーの生産終了から約10年経った2002年に、ダイハツは完全な独立モデルの軽オープンスポーツ「コペン」をデビューさせた。コペンは、可愛らしいユニークなスタイリングと世界最小の電動開閉式ルーフが特徴だった。 そのスタイリングは、ボディ前後のデザインが同じようなイメージとなっており、ちょうど洋風バスタブを伏せたようなラウンディッシュなスタイリングで、スポーツモデルながらレトロでキュートな雰囲気を醸し出していた。 パワートレインは、専用チューニングした最高出力64ps/最大トルク11.2kgmを発揮する660cc直4 DOHCターボエンジンと電子制御4速ATおよび5速MTの組み合わせ、駆動方式はFF。特に高性能エンジンというわけではなかったが、800kg程度の軽量・高剛性ボディとチューニングされたサスペンションなどによって、軽快な走りが実現された。 また、もう一つの特徴である世界最小の電動ルーフ“アクティブトップ”は、ボタン操作によってアルミ製ルーフがわずか20秒で収納される優れモノ。また、手動の樹脂製「脱着式トップ」も用意され、車両価格は両仕様とも手頃な149.8万円に設定された。当時の大卒初任給は19.7万円程度(現在は約23万円)だったので、現在の価値では約175万円に相当する。 久しぶりの軽オープンということで大きな話題となり、発売から10年間、2012年までの販売台数は5万8496台、市場規模の小さいスポーツカーとしては上々の販売を記録した。 意匠着せ替えができた2代目コペン、次はライトウェイトスポーツか コペンは、2014年に初めてのモデルチェンジで2代目に移行。基本的には、初代のキープコンセプトだが、最大の特徴は、「DRESS-FORMATION」と呼ぶ意匠着せ替えができるシステムの採用だ。これは、樹脂製のボディパネルを脱着できる構造とし、フロントバンパー、リアバンパー、ボンネットフードなど計12ヶ所を自由に選ぶことができ、また購入後にも着せ替えができるというユニークなものである。 スタイリングは、ヘッドライトが初代の丸型に対して鋭角的になり、精悍な顔つきに変貌。パワートレインは、660cc 3気筒DOHCインタークーラー付ターボエンジンとCVTおよび5速MTの組み合わせ、駆動方式はFFで先代と同じ。 2代目コペンも順調に、初年の販売台数は1万台を超えたが、2015年にライバルとなる同タイプのホンダ「S660」がデビューして販売の勢いはやや失速した。しかし、S660は2022年に販売を終えたので、現在コペンが唯一の軽オープンスポーツとなった。 次期コペンは、トヨタと共同開発のコンパクトスポーツになるのでは?というような噂が飛び交っているが、2024年11月現在、まだ不透明だ。 コペンが誕生した2002年は、どんな年 2002年には、コペン以外にもトヨタの「アルファード」、マツダの「アテンザ」、また燃料電池車のホンダ「FCX」などが誕生した。 アルファードは、広い室内空間とゴージャスなインテリアで大ヒットしたFF高級ミニバン。アテンザは走りを追求するマツダの“Zoom-Zoom”キャンペーンとともに登場、海外ではMazda6として販売された。一方で、トヨタ「スープラ」や日産自動車「スカイラインGT-R」など、ハイパワーを誇ったスポーツモデルが、厳しい排ガス規制への対応が困難になって販売を休止した。またトヨタが、エンジンだけでなくシャシーも自社で作るフルコンストラクターとしてF1への参戦を始めた。 自動車以外では、欧州単一通貨のユーロ紙幣やユーロ硬貨の流通が開始。小柴昌俊氏がノーベル賞物理学賞、田中耕一氏が化学賞を受賞した。サッカーの日韓ワールドカップが開催され、日本が初めてベスト16に進出した。 また、ガソリン113円/L、ビール大瓶2 06円、コーヒー一杯432円、ラーメン548円、カレー664円、アンパン120円の時代だった。 ・・・・・・ 手軽に軽快な走りが楽しめる、愛らしいラウンディッシュなオープンスポーツ「コペン」。まさに“最小のボディに、最大の夢を“というダイハツ技術者の想いを具現化した、日本の歴史に残るクルマであることに間違いない。
竹村 純