「今ほどは高く評価されていなかった」曽我部恵一がはじめて「はっぴいえんど」を聴いたときの「大きな衝撃」
常に心の神棚にある作品
――片や、当時はまだ珍しい豪華アメリカ録音となったはっぴいえんどのサード・アルバム『HAPPY END』(1973年)についてはいかがですか? 曽我部:『風街ろまん』の後に『はっぴいえんど』(URC・1970年 通称「ゆでめん」)を聴いて、その後に『HAPPY END』を聴いたのかな。最初は、いわゆる「B面曲」のようなトラックが多いなという印象でした。『風街ろまん』のように、お互いをぶつけ合うというより、それぞれが持ち寄った曲を背伸びせずに音盤化したようなイメージで。 ――既に解散が決まっている中で敢行された録音だった、というのもそういう印象に繋がっているのかもしれませんね。 曽我部:そうですね。これを作ることがベルウッドというレーベルにとってはすごく重要なことだったんだろうなと思います。 ――制作ヘッドである三浦光紀さんが当時抱いていたであろう強い意志を感じますね。 曽我部:そうそう。だからこれはバンド発っていうよりもレコード会社主導の作品でもあって。アーティストのクリエイティビティよりも、レーベルのクリエイティビティが伝わってくるアルバムですね。そういう視点で改めて見てみると、ジャケットのレディメイドな感じとかも、かえってカッコいい。ファーストとセカンドのようにほとばしる何かがあるわけじゃないけど、各作曲者の個性が出ていると思うし、聴けば聴くほど味わいが感じられるアルバムですね。 ――大滝詠一さんのファースト・アルバム『大瀧詠一』(1972年)はいかがですか?曽我部さんは長年このアルバムにも入っている「それはぼくぢゃないよ」をカヴァーされていますよね。 曽我部:これはもう、常に心の神棚に飾ってます。大好きです。 ――このアルバムは、先程の話の延長線上にあるというか、プロフェッショナルなスタジオで録られているにせよ、大滝さんの他の作品にはないプライベート感や親密性を感じられますよね。後のコンセプトメイカー~プロデューサー的な側面よりも、「シンガーソングライター:大瀧詠一」の顔が浮かんでくるというか。 曽我部:うんうん。これを聴くと大滝さんのことがよくわかる気がするんですよ。僕だけかも知れないけど、この人はこういう食べ物が好きで、こういう時間帯が好きで、こういう人なんだな、というのが理解できるような気がして。突き詰めれば、音楽を聴く理由ってそこだと思うんです。レコードの中に、確かに「人」が居るのがわかる、っていう感覚。逆に言えば、すごいレコードっていうのは、必ずそういう風に思わせてくれる。 大滝さんのファンの方って、「ここのフレーズがこういうアーティストのあの曲の引用で」みたいな話をよくするじゃないですか。けど、僕はそういう部分には全然興味がないんです。大滝詠一という人が確かにここにいて、今歌っていてくれている……それが自分の心の中でわかる、そのことの方が僕にとっては大切なんです。 ――よくわかります。 曽我部:「その人が聴こえてくる」という意味では、あがた森魚さんの『乙女の儚夢』(1972年)も絶対外せないですね。 ――はっぴいえんど等のアメリカン・ロック寄りのサウンドに親しんでいる後年世代のリスナーからすると、この時期のあがたさんの世界観の特異さにはびっくりするかもしれませんね。 曽我部:そうですね。昭和のあの時代に、作り込まれた大正ロマンの世界をやるっていう……。令和の時代にも昭和レトロみたいな音楽はあるけど、ここでのあがたさんの入り込みぶりはやっぱり生半可なものじゃないですよ。聴く方も自然とそこへ引きずり込まれてしまう。はちみつぱいの演奏はもちろん、林静一さんの絵をはじめアートワークも素晴らしいし、付属のブックレットにもものすごく沢山の要素が詰め込まれていて。特に興味深いのが、この時期は(イギリスのフォーク・ロック・バンドの)フェアポート・コンヴェンションから影響を受けていたらしいということ。 ――それとドメスティックな文化の記憶を融合させるという。 曽我部:そう。あがたさんの中には、確固とした構造的なアイデアがあったんでしょうね。自分の心のなかにしかない世界を徹底的に追い求めて、こうやってモノにするっていうことが、「レコードを作る」ということなんだと教えてもらいました。もちろん、松本隆さんがプロデュースを務めた次作『噫無情(レ・ミゼラブル)』(1974年)も素晴らしいですよね。 記事後編は【90年代に「再発見」された「日本の70年代フォーク」たち…曽我部恵一が明かす、その「特別な魅力」】から。 PLAY LIST 曽我部恵一セレクト: 【日本のフォーク・ロックの世界を堪能する”ベルウッド・レコード”】 1.それはぼくぢゃないよ/大瀧詠一(『大瀧詠一』収録) 2.大道芸人/あがた森魚(『乙女の儚夢』収録) 3.とめ子ちゃん/ごまのはえ(『春一番コンサート・ライブ!』収録) 4.塀の上で/はちみつぱい(『センチメンタル通り』収録) 5.紫陽花/南正人(『南正人ファースト』収録) 6.プカプカ/西岡恭蔵(『ディランにて』収録) 7.犬/友川かずき(『桜の国の散る中を』収録) 8.負ける時もあるだろう/三上寛(『負ける時もあるだろう』収録) 9.僕の倖せ/はちみつぱい(『センチメンタル通り』収録) 10.東京ワッショイ/遠藤賢司(『東京ワッショイ』収録) 11.踊ろよベイビー/遠藤賢司(『春一番ライブ'74』収録) 12.あしたはきっと/いとうたかお(『いとうたかお』収録) 13.鎮痛剤/高田渡(『系図』収録) 14.恋は桃色/細野晴臣(『HOSONO HOUSE』収録) 15.氷雨月のスケッチ/はっぴいえんど(『HAPPY END』収録) 曽我部恵一 そかべけいいち 1971年8月26日生まれ。乙女座、AB型。香川県出身。 '90年代初頭よりサニーデイ・サービスのヴォーカリスト/ギタリストとして活動を始める。 1995年に1stアルバム『若者たち』を発表。'70年代の日本のフォーク/ロックを'90年代のスタイルで解釈・再構築したまったく新しいサウンドは、聴く者に強烈な印象をあたえた。 2001年のクリスマス、NY同時多発テロに触発され制作されたシングル「ギター」でソロデビュー。 2004年、自主レーベルROSE RECORDSを設立し、インディペンデント/DIYを基軸とした活動を開始する。 以後、サニーデイ・サービス/ソロと並行し、プロデュース・楽曲提供・映画音楽・CM音楽・執筆・俳優など、形態にとらわれない表現を続ける。 http://www.sokabekeiichi.com 柴崎祐二(しばさきゆうじ) 1983年、埼玉県生まれ。評論家/音楽ディレクター。2006年よりレコード業界にてプロモーションや制作に携わり、多くのアーティストのA&Rを務める。単著に『ポップミュージックはリバイバルをくりかえす 「最文脈化」の音楽受容史』(イースト・プレス 2023年)、『ミュージック・ゴーズ・オン~最新音楽生活考』(ミュージック・マガジン、2021年)、編著書に『シティポップとは何か』(河出書房新社、2022年)等がある。
柴崎 祐二