「ラインズ―意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館)レポート。世界の亀裂を縫い合わせるには? そのヒントを作品から感じ取る
アボリジナルの作品から見える文化、生活、誇り
オーストラリア・クイーンズランド州北西部のワニ族の末裔であるジュディ・ワトソンは、パンデミックの時期に制作した、アボリジナルの生活や文化を参照した作品を展示。たとえば、《記憶の傷跡、フィンガーライムの根、カスアリーナ・イエロンガスタジオで見つけたオブジェ》(2020)のタイトルにある「フィンガーライム」とは何千年もの間、アボリジナルの人々が種を守ってきたオーストラリア原産の柑橘なのだそうだ。あわせて展示される《グレートアーテジアン盆地の泉、湾(泉、水)》(2019)は、入植者の影響で水が枯れてしまった泉がモチーフになっているが、このように作家は一貫して植民地主義の複雑な歴史と、それらが先住民族コミュニティへ与える影響について考えてきたのだという。 ワトソンと同じくクイーンズランド州出身のアーティストで本展で唯一の物故作家は、ミルディンキナティ・ジュワンダ・サリー・ガボリ(1924頃~2015)。80歳から絵を描き始めたというサリー・ガボリは、出自であるカイアディルト族を中心に、アボリジナルの先祖が代々継承してきた土地、海、空を、まるで空を移動する鳥の視点から見下ろすように自由に描いた。作品群は横も縦も正位置が存在せず、キュレーターが好きなスタイルで展示できるという。アボリジナルは長きにわたって迫害され、サリー・ガボリが生きた時代も決して自由とは言えなかった。そのことを考えると、作品の持つ自由で誇り高い雰囲気に胸が詰まった。
世界の脆さと向き合う
移動にまつわる作品《鯖街道》(2023)を展示しているのは、アーティスト、写真家の八木夕菜。福井と京都を結ぶ「鯖街道」と呼ばれる道筋を、料理家の中東篤志とともに訪ねた。豊かな自然、写真越しにも磯の香りが漂ってきそうな光景を収めた写真の数々は、直線的ではない展示方法と相まって鑑賞者の思索を促すような仕掛けがある。 いっぽうティファニー・チュンは難民たちの移動に着目した作品を発表。1975年以降のベトナム難民がアフリカ、中東、ラテンアメリカなど世界中に脱出した海路と陸路、出国プログラムの軌跡を描いた作品などを発表している。 フェミニズム、アイデンティティ・ポリティクス、翻訳などへの関心にもとづく作品を手がけてきたユージニア・ラスコプロスは、《作り直すまたは言及する》(2010)を展示。2つの映像からなる本作について「注意を払う、新しく歴史を作り直すというふたつのメッセージがある」と話す。作家と結びつきの強かった祖母のカギ編みをほどき、線にもどしていくことで、祖母の歩み、行いをたどって歴史を編み直しているのだという。 デンマークのアーティストコレクティブSUPERFLEXは作品2点を披露。なかでも《権力のトイレ デス・マスク》(2024)は、気候変動に関するあらゆる情報を発信する国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局のトイレを題材に選び、金沢の土を用いて、地元作家の協力を得ながらトイレのパーツの彫刻作品を作った。それらは複製可能だが「いずれの作品も未焼成であり、いつかはぼろぼろになってしまう」と、メンバーのヤコブ・フィンガー。その二面性は、本展で展示されるマーク・マンダースの大型作品がまとう「脆さ」のイメージを彷彿とさせる。 「線」という大きなテーマのもとで世界各地から多彩な作品が集まっている本展。ある作品からほかの出品作への連関をイメージするなど、複数の作品同士が関わり合っているように見える場面がいくつもある点に興味を引かれた。同時開催される20周年記念のコレクション展でも、様々な線を見出すことのできる作品がピックアップされており、大ボリュームだ。会場全体を巡りながら考察を楽しんでほしい。
Chiaki Noji