自然に憧れて移住した都会人を打ちのめす「田舎暮らしの過酷すぎる現実」
年をとると、自然への憧れが強くなり、緑豊かな土地に移住して第二の人生を送るケースも増えてきます。ただし、漠然と田舎に憧れて移住すると、痛い目にあうことも多いといいます。 【エッセイスト・酒井順子さんが、昭和史に残る名作から近年のベストセラーまで、あらゆる「老い本」を分析し、日本の高齢化社会や老いの精神史を鮮やかに解き明かしていく注目の新刊『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)。本記事は同書より抜粋・編集したものです。】
都会と田舎の人間のギャップ
1980年代も後半になると、都会の喧騒や物質文化の爛熟に嫌気がさしたリタイア世代や、中年となった団塊の世代達によって、田舎暮らしの第一次ブームが発生する。1987年(昭和62)には、今も刊行が続いている「田舎暮らしの本」という月刊誌も創刊された。 第一次田舎暮らしブームの先導役となったのは、エッセイストの玉村豊男である。団塊の世代よりも少し上、敗戦の年に生まれた玉村は、80年代前半のコラムブームで大活躍。体調を崩すと長野県に移住し、以来、畑で葡萄(ぶ どう)を作ってワイナリーでワインを醸造するという、充実の田舎暮らしを送っているのだ。その様子は、『新型田舎生活者の発想 たとえば軽井沢で暮らしてみると』(1985年)『田舎暮らしができる人 できない人』(2007年)等、多くのエッセイに記されている。 やがて団塊の世代が定年を迎える時が来ると、それは「2007年問題」と言われることになる。田舎にU/Iターンをする団塊の世代が目立つようになり、また「スローライフ」「ロハス」といった言葉が流行っていたこともあって、この頃には第二次田舎暮らしブームが到来している。そして玉村は、第一次、第二次田舎暮らしブームを通して、団塊世代にとっての「おしゃれな田舎暮らしを成功させている素敵な先輩」として、輝き続けた。 しかしこの頃から、「田舎暮らしはそう甘いものではない」と囁(ささや)かれるようになる。玉村の『田舎暮らしができる人 できない人』は、まさに団塊世代の定年問題が勃発した2007年(平成19)に刊行されたが、そこには田舎暮らしの素晴らしさと共に、農業の大変さや経済的な問題についても記されている。 同書において何よりもクローズアップされたのは、都会の人間がいきなり田舎に行って発生する、人間関係の問題である。田舎には「古いけれども優しくて温かい人間関係が生きて」いるけれど、都会の人間はそう聞くと「その『優しくて温かい』が怖くなる」。対して田舎の人は、自分達の優しさ、温かさに対する都会人の怖れが理解できないという、 「このギャップが、いちばんの問題」 と書かれるのだ。