自然に憧れて移住した都会人を打ちのめす「田舎暮らしの過酷すぎる現実」
ほとんど無一文状態に
翌2008年(平成20)に刊行された丸山健二『田舎暮らしに殺されない法』も、タイトル通り、定年を機に田舎暮らしをしようとする人々に対して警鐘を鳴らす書である。 丸山は、「田舎で育ち、都会から田舎へ戻ってすでに長いこと暮らし、田舎の表と裏を知り尽くしている」芥川賞作家。そんな丸山は、定年後に田舎暮らしを夢見て移住したはいいが、イメージ通りの田舎暮らしとは全く異なり、ほとんど無一文状態となってすごすごと都会に帰る人々をたくさん見てきた。そんな不幸な人を出さないためにと、同書は何となく田舎暮らしに憧れて移住しようとしている人を押しとどめる書となっている。 目次には、 「『自然が美しい』とは『生活環境が厳しい』と同義である」 「田舎に『プライバシー』は存在しない」 「『付き合わずに嫌われる』ほうが底が浅く、『付き合ってから嫌われる』ほうが数倍も根が深い」 と、容赦のない言葉が並ぶ。「田舎」「自然」というものに対する甘い夢をバッサリと斬り捨てた上で提示される田舎の過酷な現実の向こう側には、日本人らしさとはどのようなことか、という問いに対する解が、見えてくる。 2011年(平成23)に刊行された坂東眞砂子の小説『くちぬい』にもまた、田舎暮らしを甘く見るな、とのメッセージがたっぷりと込められている。 主人公は、東日本大震災が発生した後、被曝を避けるために東京から西日本に移住した、定年後の夫婦。東日本大震災の後は、避難的な移住をする人がいた一方、東北のために働きたいと、東北へU/Iターンをする人も目立ったのであり、それは第三次移住ブームと言えるのかもしれない。 夫妻は、当初は田舎暮らしを楽しんでいたものの、次第に都会の感覚と田舎の感覚にギャップを感じるようになる。やがて、様々な恐怖の体験をするようになってきて……。 著者自身の田舎暮らしでの経験をベースに書かれたこの本。最後には背筋も凍る展開になる、“田舎暮らし恐怖小説”なのだ。 * 酒井順子『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)は、「老後資金」「定年クライシス」「人生百年」「一人暮らし」「移住」などさまざまな角度から、老後の不安や欲望を詰め込んだ「老い本」を鮮やかに読み解いていきます。 先人・達人は老境をいかに乗り切ったか?
酒井 順子