東レ・AGC…グリーン水素需要を狙う、重要部材「膜」で貢献
固体高分子型装置に注目
グリーン水素の需要拡大を見据え、水素製造装置の重要部材である電解質膜の提供に向けた取り組みが広がっている。東レは独自の炭化水素(HC)系ポリマーをベースとした膜を2025年をめどに本格生産する。AGCは24年ぶりとなる北九州市での化学品プラント操業として、イオン交換膜への投資を決めた。需要を取り込み、事業の成長につなげられるか。(狐塚真子) 【図解】グリーン水素を製造する「固体高分子型装置」 世界では再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して得られるグリーン水素の利用拡大が検討されている。米国は30年までに製造工程で二酸化炭素(CO2)が発生しないクリーン水素を年間1000万トン規模製造する目標を掲げる。欧州委員会も30年までに最大年1000万トンのグリーン水素の域内生産を目指す。欧米など主要国では政府が水素戦略を策定し、水素の利用拡大を後押ししている。 現在、水電解装置はアルカリ型という方式が主に用いられるが、太陽光など変動の大きい電源には不向きとされる。これに対し、高い追従性を示す固体高分子(PEM)型水電解が注目されている。 PEM型水電解装置には基本単位のセルを積層したスタックが搭載される。その際、水素発生量を左右する水素イオンの伝導性や、水電解装置の安全運転や稼働率に関わるガス透過性の低さなど、セルに組み込まれる電解質膜の性能がカギを握る。 こうした中、国内の素材メーカーは電解装置に使う部材の活発な開発や実証を進める。その1社が東レだ。同社は現在主流のフッ素系電解質膜に対し、長年研究を行ってきた炭化水素系の電解質膜で市場開拓を狙う。 HC膜の特徴は、フッ素系膜と比べた際のガス透過性の低さ。天候により太陽光発電など再生エネ電源の負荷が低下した際、ガス透過性が高ければ高いほど電気分解によって陰極で発生した水素が陽極側に逆流してしまい、安全性の観点から稼働停止が必要になる。一方、東レのHC電解質膜はガス透過性が従来のフッ素系膜と比べて3分の1と低いことで逆流を防ぎ、水素製造装置の稼働率向上が期待できる。 また同社が開発するHC電解質膜は同じ電圧を加えた際、基準となるフッ素膜と比べて2倍の水素発生量が見込めることから、装置コストの低減につながる。こうした点から、グリーン水素の活用や普及でネックとなる製造コストの問題に対し、HC電解質膜が貢献できる部分も大きいとみる。 東レは再生エネ由来の電力で水素を生成するパワー・トゥ・ガス(P2G)システムの事業会社、やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC、甲府市)を山梨県、東京電力ホールディングスと共同で運営する。国内外のパートナーとの開発・実証体制にも積極的だ。 足元では新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が助成するグリーンイノベーション基金事業としてサントリー天然水南アルプス白州工場(山梨県北杜市)とサントリー白州蒸溜所(同)へのP2Gシステム導入に向けた現地工事を開始。日立造船と東レがパートナーシップを結ぶ独シーメンス・エナジーの水電解装置の実証機が投入される予定で、ここにも東レのHC電解質膜が使われる予定だ。 触媒付き電解質膜(CCM)は独子会社のグリナリティ(バイエルン州)で製造しており、25年から量産開始予定のHC電解質膜については滋賀事業場(大津市)で製造を検討する。「電解質膜そのものを提供して顧客先で加工するケースと、グリナリティで加工したCCMの形態の両方を考えている」(出口雄吉HS事業部門顧問)。 CCMは23年10月にグリナリティで新たに設けた第3工場において、水電解装置能力換算で1ギガワット(ギガは10億)以上に相当する生産設備を稼働。全体のCCM生産能力を従来比3倍に拡大した。PEM型の利用がさらに拡大する30年にはこれを10ギガワット級まで拡大させる方針だ。顧客となる水電解装置メーカーの製造動向によってはドイツのほか、欧州や米国での製造も検討する。 東レは電解質膜の市場規模を30年に1500億円超と予測。高橋弘造HS事業部門長は「市場は非常に大きいが、大半(のシェア)を取っていきたい」と意気込む。現在は水素を運ぶタンク用の炭素繊維などが同社の水素関連事業をけん引する。同事業の売り上げを30年度に3000億円規模に成長させるためにもHC膜での貢献を目指す。