感染症の文明史【第3部】地球環境問題と感染拡大 1章 人類が自ら招いた危機:(1)続出するニューフェース
増加する感染症の発生件数
英エディンバラ大学のキャサリン・スミスらのチームは、1980~2013年に219カ国で発生した 215種の感染症計1万2102件の発生状況を調査した。対象となったのは、細菌、ウイルス、原虫などの病原体感染症である。この結果、1980年以降も感染症の発生件数が大幅に増加していることが分かった。
感染症の発生件数の推移
細菌とウイルスはこれら感染症の約70%を占め、長期におよぶ流行の88% を引き起こしていた。さらに65%までが動物由来感染症であり、それらが集団感染の56%の原因になっていた。
動物由来感染症の発生件数の推移
ウイルス研究のレジェンド、米国のウイルス学者ジェフリー・タウベンバーガーは「スペイン風邪から100年以上たった今でも、私たちは『パンデミック時代』に生きている。それがいつまでつづくかは分からない」と警告する。
呼吸器感染症の復活
感染症根絶の期待を完膚なきまでに打ち砕いたのは、100余年ぶりの大パンデミックを引き起こした新型コロナだった。コロナウイルスが猛威を振るうのにつれて、呼吸器感染症の流行がばったり止まった。例えば、2020年~21年と2021年~22年の冬季に毎年発生する季節性インフルはほとんど姿を消した。マスク、手洗い、隔離などのコロナ対策の効果で、感染経路が似ている他の呼吸器感染症の患者が減少したためと考えられる。 新型コロナの危険度別の分類が、国内では2023年5月に「2類」から「5類」に引き下げられ、さまざまな規制も解除された。WHOのテドロス事務局長は同年5月5日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて発令した「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態の宣言」を終了すると発表した。 新型コロナの勢いが収まるのにつれて、息を潜めていたさまざまな呼吸器感染症が復活を始めた。異変はまず日本と季節が逆になるオーストラリアで起こり、例年より早い2023年5月初旬から季節性インフルの流行が始まった。中国でも2023年11月の国家衛生健康委員会が、呼吸器感染症の発生率が全国的に増加していると発表した。特に、「インフル」「マイコプラズマ肺炎」「呼吸器合胞体ウイルス(RSV)」などの感染症の増加が著しいという。 マイコプラズマは小型の細菌の1種。風邪に似た症状だが乾いた咳が特徴だ。2010年には世界で約130万人の小児の死亡が報告された。日本では一時的に収まっていたが、増加の兆しがある。RSVも乳幼児に多い呼吸器感染症で、2歳までにほぼ100%の幼児が少なくとも1度は感染するとされる。 後を追うように、米国やドイツなどの欧米でも呼吸器感染症が急増して、新型コロナ、インフル、RSVがほぼ同時期流行し、「トリプルデミック(三重流行)」と呼ばれるようになった。喉に炎症を起こす「溶連菌咽頭炎(ようれんきんこうとうえん)」も、2022~23年の冬季に欧米で大流行した。これ以外にも、「髄膜(ずいまく)炎菌」や「肺炎球菌」による細菌感染症の増加が確認されている。 日本では「咽頭結膜熱」が2023年の夏以降に流行した。11月下旬には医療機関の1カ所あたりの患者報告数は全国で3.5倍になり、警戒レベルの3.0倍を超えた。咽頭結膜熱はアデノウイルスによる感染症で、咽頭炎(のどの炎症)や結膜炎(目の充血)を伴い、39度前後の発熱がある。冬季に小流行することはあるが、基本的には夏の病気だ。プールで感染することが多いとされプ-ル熱と呼ばれたこともある。