高橋和也インタビュー 音楽と俳優、二つの道を歩みながらクセの強い役をナチュラルに記憶に残る演技で魅せる『怨泊 ONPAKU』
――高橋さんは若い頃、アメリカ(ハリウッド)に挑戦されています。今は、“日本で芸能活動してからハリウッドに挑戦したい”と思っている若い俳優陣がたくさん居ます。 僕は25歳の時にアメリカに渡り、挑戦をしたんです。ハリウッド映画もちょい役ですが、ロバート・アラン・アッカーマン監督の作品に出演させて頂いたり、ダイアナ・ロスさんの映画にも出させてもらいました。本当に一瞬映るだけでしたが、アメリカの大スターと一緒に仕事が出来たことは、僕にとって凄く勉強になりました。“絶対にアメリカで勝負をしてみたい”と思っていたんです。 ――まさに有言実行ですね。 だけど本当にハリウッドの壁は厚かった。正直言って20代、30代の頃は本当に本気で「アメリカでやりたい、世界中で活躍出来るようになりたい」と思って、映画の企画もたくさん作りました。台本も脚本家と監督と一緒になって作り、何度もアメリカと日本を行き来しながらやったりもしていました。でも、本当にそれらが実現するのは万に一つの確率で、そういう映画にならなかった台本や企画が山ほどあります。その現実を知った時に“自分はここまで頑張ったんだから、もう何も怖くない。どこでやろうと自分が与えられた場所で脚本が送られてきて、「この役をやりませんか」とオファーをして下さる、それを自分は喜んでやる”という考え方に変わりました。 ハリウッド映画であろうが日本映画であろうが“やることは結局同じ”と思えたんです。もちろんたくさんの予算がかけられたスケールの大きな作品とインディーズの低予算の中で作られた作品とでは差はありますが、僕にとってはそれを良い作品にする為にベストを尽くすことが大事。自分の役を活き活きと本当に存在する人物のように演じることで、その作品が輝いたらと思っています。そんなふうに考え方が変わったのは、挑戦をして、夢破れたからこそ分かったことです。 ――今は配信も増えたので、世界との垣根がなくなりつつあります。 そうですね。ドンドンとそんな時代になって来ていると思います。 ――高橋さんは英語も喋れるので、日本に居ても海外での仕事のオファーを受けることが出来ます。本当に英語が喋れるのは大事だと周囲の人達を見て感じています。 そうだね。僕はずっと日本に居るので、英語を喋る機会が本当に少ないんです。だから独り言をずっと英語で言っています(笑)。喋ったり、口に出していないと耳も衰えてしまうので‥‥、独り言を英語でいう男です(笑)。でもそれが大事なんですよね。 舞台挨拶でも時折、英語を話し、休憩時間でも、香港のスタッフとずっと英語でコミュニケーションをとって主演のジョシー・ホーさんを安心させていた高橋和也さん。「アル中の役は得意だよ」とステージでも笑わせていましたが、クセの強い役をナチュラルに、しかも記憶に残る演技で魅せてくれる俳優です。コンサート活動の合間でも、終始、皆と会話をしていた高橋さんの優しさに司会をした私も癒された舞台挨拶巡りでした。
取材・文 / 伊藤さとり(映画パーソナリティ)