日本版DBS創設に危惧 子どもを性犯罪から守ることに異論はないが、問題は山積みだ
性犯罪の対象も広がる
議論の過程では、下着窃盗なども(DBSの対象となる)「特定性犯罪」に含めるべきだとの意見があり、法律の付帯決議にも明記されている。 何に性的興奮を覚えるのか(性癖)は、人によってさまざまだ。下着窃盗もそうだが、女性の靴や靴下、服に執着する者もいる(私の地元では以前女性用自転車のサドルが盗まれる事件が頻発したことがある)。それらは性的動機があっても、行為の客観的評価としては財産犯である。 とくに平成29年(2017年)11月29日の最高裁大法廷判決において、強制わいせつ(不同意わいせつ)罪については、原則として犯人が性的意図を満たそうとしたのか否かは重要ではないとの判断が出て、一般人がその行為に客観的に性的意味を読み取りうるのかどうかが問題とされた。この判例の考え方からいえば、一般人が理解しがたい異常性欲を性犯罪のカテゴリーに入れることは難しくなった。この点の縛りを外すと、「性犯罪」が際限なく広がっていくことになるのである。
下着窃盗を問題にせよという意見は、犯行の動機などを問題にして、(児童に対する)下着窃盗の再犯の可能性があるのか否かの判断を行うべきであるという主張だと理解できる。そうすると、他の「特定性犯罪」についても、さらに個別に具体的な動機を問題にするということでないと、一貫性が取れない。 たとえば、刑法第177条の不同意性交罪は配偶者に対しても成立するが、その動機を問題にするなら、この種の犯罪はおよそ児童に対する再犯の危険性があるとは思えない(このような性犯罪は他にもある)。 つまり、前科照会に際しては単純に罪名を問うのではなく、犯行の動機や意図など、個別具体的な判断を行うということでないと、法律としての統一性が保てないことになるが、そのようなことは実際上不可能だろう。
最後に、これだけは無視できない
「子どもの尊厳を守ることがまず必要だ」という大臣の言葉は、まったくその通りで異論はない。しかしそのために最長20年のむかしに遡って、性犯罪の前科者を教育や保育の現場から排除するという発想は、一見妥当なように見えて、実は非常に危うい要素を含んでいる。 DBSの大きな特徴は、現職にも(定期的な)前科チェックを求める点である。教育や保育の現場で働く人は230万人、これに学習塾や各種の習い事教室などを含めると、数百万人が対象となると聞いて、その多さに驚いた。ここには二つの重大な問題がある。 第一は、「特定性犯罪」の中には、条例違反(痴漢など)も含まれている。この場合は、10年前にまでさかのぼって前科チェックが行なわれる。 かりに10年前に痴漢行為で罰金刑が科されたが、その後猛省して真面目に働いている人も、突然過去がほじくり返されて、職場で「性犯罪者」として扱われる。10年間、問題なく働いている人のどこに「危険性」があるのだろうか。 第二は、冤罪(えんざい)の問題だ。かりに10年前に通勤途上で痴漢に間違われたが、無実を証明できず、また職場や家族に知られるのをおそれ、しぶしぶ罰金を納付した者の数がどれくらいあるかは分からないが、大きな社会問題になっているほどである。その人たちにも性犯罪の前科は残っている。しかし、名誉回復は絶望的だ。この冤罪の問題については何も議論がないが、こども家庭庁はどのように考えているのだろうか。 要するに、前科の有無に関わらず、性犯罪そのものの対策を議論すべきなのである。
園田寿