日本版DBS創設に危惧 子どもを性犯罪から守ることに異論はないが、問題は山積みだ
刑法第34条の2には、昭和22年(1947年)に作られた「刑の消滅」という制度がある。これは刑の執行後、最長で10年が経過すると、犯罪者の社会復帰のために前科が抹消されるという制度である。 一度犯罪に手を染めて刑務所に入れられても、ほとんどの人は再び社会に出てくる。問題はそのときに再犯をどう防ぐのかだ。大事なのは、住居と仕事の確保。そのいずれも前科が邪魔をする。 そこで刑法は、受刑後、一定の時間の経過によって前科を消すのである。これは戦後から現在まで、刑事政策の根幹をなす大原則である。この大原則が、こども家庭庁所管の発案によって、大きく修正されようとしている。このような法の作り方が可能なのだろうか。 刑罰の種類を決めているのは刑法だが、たとえばどこかの省庁が特別法を作って、刑罰として一定期間公園の清掃を命じたり、納税額を特別に増やしたりすることなど、刑法の根幹を修正するような立法はできない。 今回、刑の消滅という刑法の大原則が、こども家庭庁の提案で大きく変更されることになる。はたしてこのようなことが理論的に可能なのだろうか。 法秩序の頂点に立つ憲法に反する立法が不可能なように、刑事政策の根幹をなす刑法を大きく変えてしまうような立法は、法務省の審議会(法制審議会)で、刑法そのものの改正というかたちで議論すべきだったのではないだろうか。 国会審議の過程で法務省は、刑法34条の2の刑の消滅とDBSは矛盾せず、刑法が一定期間経過後に消滅させた前科を、その期間を超えて問題にすることには合理性があるとのことだったが、それ以上の説明は何もなかった。ある人には「法が情けをかけ」、またある人には「法が厳しく扱う」という、その区別について、納得できる理由を知りたいのである。
再犯率についての理解
DBSの出発点は、過去の性犯罪前科情報を、教育や保育の現場における将来の性犯罪予防に使おうとする発想である。それを議論するためには、社会一般における児童に対する性犯罪ではなく、教育や保育の現場において今までにどのような性犯罪が、どれくらい認知されているかのデータ、そしてそれについての初犯と再犯別のデータが必要だ。 しかし、おそらくそのような統計は存在しないだろう。 そのためいつの間にか問題が広がり、社会全体で子どもを性犯罪から守るために性犯罪前科情報を利用すべきだ、といった議論になっている。 重要なことは、刑務所を出た者が再び犯罪に手を染めないような社会をつくることであり、前科による選別は受刑者の改善、更生への意欲を削(そ)ぐだけではなく、矯正職員や矯正保護に携わる大勢の人たちの努力に水を差す。 立法はもちろん、あらゆる政策にエビデンスが求められる時代にあって、重要なデータもなく刑事政策の根幹が大きく修正されようとしている。