ポーティスヘッドとベス・ギボンズを今こそ再考 幽玄を歌うカリスマの歩みと新境地
希望のないトンネルを抜けた先で
「希望のない人生がどんなものかということに気づいたの」。ギボンズは今作のプレスリリースで語っている。そして、それは「今まで感じたことのない悲しみだった」――そう言葉を続ける彼女の「悲しみ」は、さまざまなモチーフを通じて変奏されている今作のテーマである。 ギボンズは今回のリリースに寄せて自身のSNSにアップした直筆の手紙のなかで、この10年の間に家族や友人など親しい人を亡くしたことを明かしている(「そして以前の自分との別れの時でもあった」と)。夢の終わりを嘆いた「For Sale」、最愛の人の“魂”を弔う「Burden Of Life」、「私のもとへ来て……出来る時でいいから」と死者に語りかける/呼びかける/懇願する「Whispering Love」には、深い喪失感が彼女に落とした暗い影が滲む。あるいは、「ただ思い知らされるだけ……私達には……今この時この場所しかないと」(「Floating on a Moment」)という諦観。「私の望みは一つ、あなたに求められたい/昔のように」と疎遠になったパートナーにつぶやく「Lost Changes」は、「誰も私を愛してくれないから。それは本当よ/でも、あなたのようには」と「Sour Times」で歌った30年前の自分への返答としてはあまりに苦い――「It Could Be Sweet」(「愛がいつも輝いているとは限らない」)や「It’s a Fire」(「私たちは何度でも過ちを認める必要がある」)を思い出すファンもいるかもしれないが。 そして、自身の身体の変化――母性、老い、あるいは彼女いわく「人を突然に、徹底的に辱める」ような「大零落」という更年期の不安と向き合った「Oceans」。「若いときは、終わりなんてわからないし、どう転ぶかなんてわからない。私たちはただこう思う:これを乗り越えられる。状況はきっと良くなる。でもいくつかの結末はとても受け入れがたいものもある」。そう吐露するギボンズの言葉にも窺える、ある種の実存的恐怖が通奏低音のように貫く『Lives Outgrown』は、そのどこか黙示録めいた“重さ”においてデヴィッド・ボウイの『★』を思わせるところがある。 「曲を書く理由の半分は……自分が誤解されていると感じていたり、人生全般に不満を感じていたりするから。そして、それがうまくいって、みんなとコミュニケーションが取れたと思ったら、全然コミュニケーションが取れてないことに気づく。全てを商品にしてしまったから、始めたときよりもさらに孤独になるの」 そう語った『Dummy』のプロモーションを最後に、この30年間、ギボンズは一切のインタビューを受けていない。よって今回の『Lives Outgrown』についても、いわゆるプレスの場で彼女が何かを語るということはないと思われる。「誰もあなたの内側を見ることはできないって気づいた? この眺めはあなただけのものって気づいた?」(「Strangers」)と歌っていたギボンズは、しかし、この10年間の出来事を潜り抜けて、「私は長いトンネルから抜け出した。今はただ、勇気が必要だと思うの」と今作のプレスリリースに今の気持ちをしたためている。 そして、ポーティスヘッドもいまだ実現していない、日本での初めてのライブ・パフォーマンスとなるフジロックのステージが2カ月後に迫っている(なお/ちなみに、直前キャンセルとなった1998年のポーティスヘッドの幻の来日公演について、アトリーは後に雑誌REMIXのインタビューでこう話している:「1998年の終わりに東京でライブをするはずだったんだけど、あのときは、ベスが本当に疲労困憊していて、体力の限界だった。どうしてもライブができないほどにね。成田までは行ったのに……本当に残念だったよ」)。なお、今月末に始まるヨーロッパ・ツアーでは、フォードのほか、今作でサックスを吹いたハワード・ジェイコブス、ジャズ・ベース・プレイヤーのトム・ハーバート、元パルプのジャーヴィス・コッカー率いるバンド、ジャーヴ・イズでヴァイオリンを弾くエマ・スミス、元ベン&ジェイソンの片割れで、『Out of Season』や前出の『Henryk Górecki: Symphony No. 3』にも参加したジェイソン・ヘイズリーらを迎えた7人編成の「バンド」でライブを行うことがアナウンスされている。 同じくこの夏フジに出演し、かたや「ラップ・ミュージックはトラウマを癒す」と語ったキム・ゴードンとギボンズが並び立つ光景は、きっと素晴らしいものとなるに違いない。 --- ベス・ギボンズ 『Lives Outgrown』 発売中 FUJI ROCK FESTIVAL’24 2024年7月26日(金)27日(土)28日(日) 新潟県 湯沢町 苗場スキー場 ※ベス・ギボンズは7月27日(土)出演
Junnosuke Amai