ポーティスヘッドとベス・ギボンズを今こそ再考 幽玄を歌うカリスマの歩みと新境地
自分たちを「再発明」し続ける姿勢
対して、セルフタイトルの2作目『Portishead』(1997年)は、全体的なテイストとしては『Dummy』を引き継ぎながらも、その内部ではいくつかの変化が見てとれる。いわゆるサンプリングが使われたのは「Only You」の一曲のみで、かたや“オリジナル”のサンプルに関してはオーケストラの楽節をレコーディングするなど制作の手を広げ、サウンド全体に占める生演奏の比重を大きく増した。 「バンドとして持っていたボキャブラリーやサウンドが、突然自分たちの周りで聴かれるようになったことで、自分たちのサウンドに疑いを持つようになった。自分たちを再発明しなければならないと感じたんだ」。当時のインタビューでそう語っていたのはアトリーだが、たとえば「Cowboys」や「All Mine」で聴けるアトリーのメタリックで歪んだギター・ソロやリフは印象的で、「Elysium」の取り乱したようなスクラッチ、スタイリッシュだが不吉な「Over」然り、よりハードに研ぎ澄まされたアレンジを通じて全体的にダークで不穏な――同年リリースされたゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラーのデビュー作『F♯ A♯ ∞』 や、同郷ブリストルのサード・アイ・ファウンデーションにも通じる感覚が強く押し出されているのがサウンドからは伝わる。また、それまでのレコーディング・プロジェクト的な性格を帯びていたところから(オアシスの『Definitely Maybe』やPJハーヴェイの『To Bring You My Love』を抑えてマーキュリー賞も獲得した『Dummy』の成功に伴い、ステージに引っ張り出されることで)ライブの場数を踏み、文字通りの「バンド」としての錬度が高められたことを物語るように演奏はダイナミックで力強い。そうした成果は、この翌年に『Roseland NYC Live』としてリリースされる――ニューヨーク・フィル・ハーモニックのメンバーを雇い、オーケストラ・アレンジで演奏された“名演”の実現へと繋がるものだったと言えるだろう。 そして――である。その『Portishead』から11年後の3作目『Third』で突然の復活を遂げたポーティスヘッドだったが、しかし、そこにあったのは “トリップホップ”時代から大きく変貌を遂げたかれらの姿だった。ヒップホップのドラムや華麗なエディットはクラウトロックのリズムとアナログ・シンセサイザーに置き換わり、“あの”ムーディで美しく陰鬱なダウンテンポ・アンビエンスをまとっていたポーティスヘッドはそこにほとんど見る影もない。古い電子オルガンのドラム・モジュールによって作られたインダストリアル・トラックの「Machine Gun」、フリークアウトしたシルヴァー・アップルズのような「We Carry On」、突き刺すようなエレクトロニックとミックスされた「Small」をはじめアルバム全体を覆うトーンはあまりに荒涼としていて、ハードディスク・レコーディングを導入してプログレッシブに音を重ねたサウンドはサイケデリック・ロックと化したといっていいほど重厚な風体を見せている。 「使い慣れた楽器を手放し、トレードマークのサウンドを壊して別のものに移行することで、新しい何かに生まれ変わらなければならない」。『Third』の制作にあたって自分たちに設けたルールとして、リリース当時のインタビューでそのように語っていたアトリー。その上で、『Third』のサウンドについてリファレンスとしてアトリーとバーロウが挙げていたのが、いわゆるドゥーム・メタルやヘヴィ・ドローンと呼ばれるジャンルのアーティストだった。乱暴に言って、初期ブラック・サバスやブルー・チアー、あるいはラ・モンテ・ヤングを源流とするヘヴィネスとミニマリズムを極限まで推し進めた演奏スタイルを音楽的特徴とし、いわゆるハード・ロックやヘヴィ・メタルからアンビエントにまで跨るノイズ・ロックのオルタナティブ――なかでもサンO)))やオムのライブを初めて観たときのことをバーロウは「パブリック・エネミーを初めて聴いたときと同じ衝撃を受けた」とまで話すなど、当時のかれらがその手の音楽にいかに深く入れ込んでいたかを窺わせる。実際にホークウインドを意識したという「Threads」のメタリックなシンセ・ドローン、「Hunter」の地表を突き破るようなスラッジ・ギターにもその反響は聴くことができ、持続低音やディストーションによって「ヘヴィネス」への傾倒が表現されている。なお、ポーティスヘッドは『Third』のリリース前年に開催されたオール・トゥモローズ・パーティーズのキュレーターを務めており、そこにはふたりが同じくインスピレーションに挙げていたマッドリブやソニック・ユースと共に、サンO)))やオムをはじめブラック・マウンテン、ボリス、オーレン・アンバーチ(サンO)))のグレッグ・アンダーソンとブリアル・チェンバー・トリオとしても活動)、そしてディラン・カールソン率いるアースといった当時の「ドゥーム/ドローン」を代表するアーティストが数多くラインナップされていたのも印象的だった。 『Portishead』と『Third』の間、バーロウは自主レーベルの〈Invada〉を設立し、同レーベルの所属バンドを前述のオール・トゥモローズ・パーティーズに送り込むなど、「ドゥーム/ドローン」への接近を通じて当時のアメリカのアンダーグラウンド・シーンと連携した動きを積極的に見せていた(同レーベルのUSリリースは、メルヴィンズやアイシスを擁するマイク・パットン主宰の〈Ipecac〉)。また、前後してバーロウが立ち上げたニュー・プロジェクトのビーク(BEAK>)が、サウンド面で『Third』とクラウトロックや「ドゥーム/ドローン」への関心をシェアするものだったことを指摘しておきたい(デビュー作のエンジニアリングは『Third』も手がけたスチュアート・マシューズ)。そして、ゴールドフラップやスパークルホースの作品で客演を務めるなどしたアトリーの一方、同じくこの“移行”の期間に新たな活動に踏み出したのが彼女、ベス・ギボンズだった。