巨額の国債の市中消化はほぼ不可能! 日銀による大量国債買い入れは事実上の「財政ファイナンス」である
国のバランスシートへの信認は続くのか
元へ戻って、この思考実験でなぜ金融機関は政府に当座預金を置き続けないと考えられるのだろうか。当座預金は、もともといつでも引き出して日々の決済に利用できるところにメリットがある。銀行業務に固有のものであり、中央銀行だからこそ提供できる性格のものだった。政府の債務にはなじみにくい。 しかし、理由はそれだけではない。前掲図表8-5の国のバランスシートを眺めると、民間の経済主体が国に対する巨額の債権保有に躊躇せざるをえない理由が分かる。 金融機関が政府に対して保有する当座預金(政府にとっては負債)に見合う国の資産および資産・負債差額の中で、最も金額が大きい項目は、資産・負債差額のマイナス702兆円だった。これは、資産を超える金額の国債が発行され、負債が資産を702兆円上回っていることを表している。 民間企業ならば、債務超過で倒産しかねないところだが、国のマイナスの資産・負債差額は理論的には国の徴税権によって担保されていると考えられている。いつでも徴税して差額を補填できるので、国債の発行は続けられるという仮説のもとに成り立つバランスシートだ。当座預金に見合う「資産・負債差額」とは、徴税権を背景にした「将来の税収」という言い方が適当だろう。 しかし、民主主義社会にあって、私たちは増税が容易でないことを知っている。消費税率5%の引き上げは約10兆円の増税に相当すると言われてきたが、5%の税率引き上げは、現実には容易には実現しない。日本の消費税率10%は、1989年の消費税導入以来30年かけて、ようやくここまできたものだ。 徴税権があれば無限に国債を発行できる、というものでないことは明らかだ。その前に国に対する信認が崩れてしまう。いつどこで信認が崩れるかを特定するのは難しいが、日本ほど巨額の資産・負債差額を抱えた国は、そうしたリスクにさらされていることに留意しなければならない。 多少なりともそうしたリスクを意識すれば、金融機関が当座預金を政府から引き出しにかかるはずと考えるのは自然である。これだけ巨額の国債の市場消化が難しいのも、基本的には同じ理由からだ。政治は、事態を重く受け止めなければならない。 本記事の抜粋元・山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)では、異次元緩和の成果を分析するとともに、歴史に残る野心的な経済実験の功罪を検証しています。2%の物価目標にこだわるあまり、本来、2年の期間限定だった副作用の強い金融政策を11年も続け、事実上の財政ファイナンスが行われた結果、日本の財政規律は失われ、日本銀行の財務はきわめて脆弱なものになりました。これから植田日銀は途方もない困難と痛みを伴う「出口」に歩みを進めることになります。異次元緩和という長きにわたる「宴」が終わったいま、私たちはどのようなツケを払うことになるのでしょうか。
山本 謙三