「好きなこと」ならリスクは自己責任?ーー俳優の労災特別加入で労働環境は変わるか
建設作業員と類似したリスク
労働衛生管理上の問題としてよく知られているのが、アスベスト(石綿)による健康被害である。1980年代に社会問題化し、2006年に全面的に禁止された。芸能従事者にも、被害を受けたケースがある。 埼玉県に住む加藤みはるさん(71)は、2016年に、舞台俳優だった夫の大善さん(当時70)を、アスベストが原因の中皮腫で亡くした。 「2014年に健康診断を受けにいった病院で『胸がチクチクする』と訴えて、それでわかったんです」 石綿健康被害救済法(2006年施行)にもとづいて医療費を請求し、すぐに支給されたが、問題は「いったいいつ吸い込んだんだろう」ということだった。 大善さんが舞台俳優として活動したのは1974年から1980年の約6年間。新劇系の劇団で、1年のうち7、8カ月は全国を旅してまわった。劇団の俳優は裏方を兼ねることも多い。みはるさんの調査で、大善さんは、旅公演で学校の体育館や公民館の天井裏で作業をしているうちに、アスベストに暴露したことがわかった。
大善さんが亡くなったあと、みはるさんは池袋労基署に労災保険を請求した。はじめて労基署を訪れたとき、「俳優って労働者なんですか」と笑われたという。アスベスト被害者の労災申請で、舞台俳優は前例がなかった。 結果として、公演のために一定期間拘束されていたことと、1日いくらというかたちで賃金が支払われていたことを根拠に労働者性が認められ、2018年に労災と認定されたが、みはるさん自身、「家族の会(『中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会』)のすすめがなければ、労災申請は思いつかなかっただろう」という。 「振り返ってみると、夫は劇団員時代に一度、設営作業中にはしごから落ちて腰を打ち、入院したことがあるんです。当時はもちろん労災なんかなくて、半身不随になって一生私が面倒を見るようなことになったら、やっていけるのだろうかとほんとうに不安になりました。幸いなことに回復しましたが、そういう危険な仕事なんですよね」 芸能従事者が特別加入制度の対象になったと聞いて、「すごいことだ」と思ったという。 「すごく大事なことだし、みんなにちゃんと知らせないといけないと思いました。これから俳優としてやっていく人たちも、これがあれば安心できると思います」