「好きなこと」ならリスクは自己責任?ーー俳優の労災特別加入で労働環境は変わるか
しかし、加入者の自助努力だけでは解決できない問題もある。 森崎さんらが2020年に、音楽家や音楽関係従事者を対象に行ったアンケート(318回答)では、「仕事現場に専用のトイレがない」「なかったことがある」と答えた人が6割近くにのぼった。「トイレがないときどうしたか」という問いには、「公共のトイレを利用した」が最も多かったが、「屋外でした」「がまんした」という答えもあった(複数回答)。 「それで膀胱炎になる人も、特に女性には多いです。こういった環境整備は、個人の努力ではできません。発注者側のみなさんにも、安全衛生対策に取り組んでいただいて、一緒に解決していけたらと思っています」 森崎さんのもとに寄せられる問い合わせで多いのは、「私も入れるの?」というものだ。 「その都度、厚労省に聞いて確認しています。『事務所に入っていたら(労災には)入れないんじゃないか』という人も多いんですけど、そんなことありません。ちゃんとした芸能プロダクションであれば、タレントが個人で労災に加入することの意義を、理解されているはずです」 厚労省のサイトで「芸能従事者」の具体例として、俳優、舞踊家、音楽家、演芸家(奇術師、大道芸人、DJや司会者などを含む)の「芸能実演家」と、監督、撮影、照明、美術、衣装、メイク、ラインプロデューサーやアシスタントなどの「芸能製作作業従事者」が挙がっている。 どの仕事一つとっても、労働実態も契約形態も異なる。森崎さんが考えるのは、巨大な文化エンタメ産業のシステムのなかで、いかに個人が押しつぶされず、尊厳をもって働くことができるかだ。 「とにかくちゃんと安全対策をして、みんなに安全に働いて欲しいというのが今の願いです」 --- 長瀬千雅(ながせ・ちか) 1972年、名古屋市生まれ。編集者、ライター。