肉食恐竜の脅威で鎧が進化?ミイラ化恐竜化石の謎に迫る最新研究が発表に
化石研究者における恐竜記載のルール
この非常に優れた超一級の美術品を思わせるミイラの雰囲気を漂わせた恐竜骨格。私もあちこちの世界各地のニュースメディアで取り上げられているのを目にした。しかし古生物研究者が化石標本を記載する時、ただ見栄えのする写真などを並べただけでは、サイエンス系の学術雑誌に研究論文として発表及び出版することは、(私の知る限り)まず難しい。 「サイエンス上の意義や重要性」を吟味して取り上げる必要がある。単に「ミイラ化の骨格」や「新種」、「完全につながった骨格」というだけでは、「どうして重要なのか?」という問いかけが、必ず研究者から返ってくるからだ。 閑話休題。19世紀後半から20世紀初めころは、シンプルな化石標本の記載や新種の記載だけのような研究論文が多数見られた。しかし21世紀の今日、学術雑誌における化石研究に基づく研究論文の発表や出版は、かなり知恵とアイデアを絞る必要がある。他の(2、3人の)選ばれた研究者による厳密な論文の審査が行われ、内容やサイエンス的意義などチェックされる。この審査をとおして論文が採用されるか没になるかの判断が下される。こうした点はサイエンス系のニュースサイトの記事とは根本的に異なる。 さてCaleb Brown博士らの研究チームがどのような研究テーマに焦点をあてたのか。研究論文の具体的な内容を紹介する前に、読者の方にまずはじめに問いかけてみたい。このおそらく一生に一度しか目にできないような世紀の発見から、我々は具体的に「何を学べられるのだろうか?」 広い意味での「サイエンス的な意義」とは何だろうか? 一般に化石研究において、大きく以下のテーマが古生物学者によって取り上げられる。(1)進化、(2)絶滅、(3)(体各部位の)機能や行動、(4)成長パターン(及び個体間における差異)、(5)ライフスタイル、(6)太古環境、そして(7)化石化のプロセス等だ。(こうした項目は、古生物の教科書などひも解くと、よく各章の見出しとしてまとめられているのを目にする。) 例えば一番目の「進化」だが、独特の装甲はこの鎧竜の歴史の中で、いつ頃どのように現れ、そして発達したのだろうか? こうした問いかけは、非常に優れた装甲を進化上、手に入れた、直接の原因・要因をさらに探求するために重要だろう。鎧を手に入れた同時代に、大型の肉食恐竜が多数出現したのかもしれない。もし身を守るのが一番の要因なら、首周りなど急所に当たる部分において、真っ先に装甲化が進んだのかもしれない。(尻尾の先を超大型竜脚竜に踏み続けられたせいで、アンキロサウル類は例の「棍棒のような尻尾の先端を手に入れた」ことは、やはりなかったはずだ。) 多数存在する鎧竜の中でも、体の大きさによって鎧の割合が占める差はなかっただろうか?小型の種ほど、身を護るためにより厳重な装甲ボディーを備えていた可能性だ。しかしこれと全く逆のパターンも、鎧竜の進化上、仮説として成り立つだろう。 2番目の「絶滅」をテーマとして取り上げるならば、鎧の進化上における発達パターンと、種の減少パターンとを直接比較してみるのも興味深いだろう。装甲の厚いものが最後まで生き延びていたのだろうか? それとも鎧の発達具合、または有無にかかわらず、すべての鎧竜の仲間が同じように滅んでいったのだろうか? 最後の「化石化のプロセス」は、私個人的には非常に興味深いテーマだ。何が原因でこの、一見、特に大きな外傷もない健康そうな恐竜が死んだのだろうか? どのような環境においてこの死体は堆積に埋まったのだろうか? ある特殊な環境が、ミイラ化骨格化石を生み出す「奇跡」を生み出したはずだ。果たしてその真相やいかに? 以上いくつか私の思いつくままに、可能性としてのサイエンス的問いかけや研究のテーマ(と、なりそうなものを)並べてみた。こうしたいわゆる「ブレインストーミング」のような化石研究における思考プロセスは、結構私の周りの研究者も楽しみながら、常日頃行っているようだ。あえて結論を急がず、奇妙や斬新なアイデアも(とりあえず)許容し、とりあえずたくさんのアイデアを並べてみる。こうした過程を経て、改めて具体的に的をしぼることが出来るかもしれない。 そして研究論文としてある特定のテーマをまとめる時、具体的にどのようなデータが切り札として手元にあり、どの仮説の検証や問いかけに対する答えとして使うのか。こうした判断はかなりの経験と知識が求められる。この点において研究者の技量が(かなり)問われるといってもいいだろう。