46年逃亡の大坂容疑者?逮捕 「公安警察」の仕事とは?
もう一つの大きな逮捕事例
公安警察の大手柄として人口に膾炙されている事例として、1970年代初めに日本を出国し、パレスチナやレバノンで現地の過激組織と提携し、日本赤軍を結成したとされる女性最高責任者、重信房子受刑者(懲役20年の刑を受け現在服役中)の逮捕(2000年11月)が挙げられます。日本出国以来、30年ほどを海外での活動に身をやつしていた重信容疑者は偽造旅券を使用し、密かに日本に帰国していました。しかし逮捕した公安警察も、当初は同容疑者が帰国していたことを知らなかったといわれています。 一部マスコミによって、彼女の逮捕劇にまつわる裏話が紹介されていましたが、その裏話の真偽は別にして、逮捕に至るまでの間、考え得るおびただしい数の対象者を徹底的に調べ上げ、さらにその中から怪しいと思われる者の動向監視・内偵を行って、わずかな可能性の中から重信容疑者に結びつく情報にたどり着き、逮捕することができたのだと考えられます。この快挙を可能にした捜査官の嗅覚、勘所はまさに経験に裏打ちされ、研ぎすまされた動物的なもので、こうした一連の作業の特殊性、過酷さは一般の人にはとても理解しにくいものではないでしょうか。 長時間にわたる尾行や定点監視活動は、単に肉体的に疲労するだけでなく、一瞬たりとも気を抜くことのできないという緊張感と、相手に気付かれてしまうのではないかという不安感で精神的にも激しく消耗します。公安警察の捜査官が、上述のように普通の市民としての安住の生活空間が得られにくいのは、こうした極限の緊張を伴う激務のゆえなのでしょう。 しかし、相手も知恵を絞って公安の追及を逃れようとしていますので、解決できていない事件もあります。1995(平成7)年3月に発生した国松警察庁長官狙撃事件の容疑者は逮捕されないままに時効を迎えてしまいました。自組織のトップを暗殺しようとした重大事件だけに、犯人検挙を目指す警察の意気込みは大変なものであったと思われますが、相手が公安警察の上手を行っていたのか、そのほかに何らかの理由があったのかは分かりませんが、この事件の捜査を担当した警視庁公安部の捜査官は、まさに組織の体面を懸けた捜査を展開したに違いありません。