【ABC特集】家を失い避難所に入れなかった住民たちが身を寄せ合って生き抜いた記録 “仲よしテント村”に密着100日 阪神淡路大震災29年
(大西)「やっぱり寂しいで。寝たときは忘れてるけどね。ふいっと夜起きたらやっぱり寂しいな。みんな寝てるけどな。初めは顔出してるけどね、あとはもうかぶらなあかんわ」 狭いテントの中で、身を寄せ合って眠ります。 (溝下さん)「一日が終わって寝間に入れば、寂しい思いになるわけ。『あすがどうなるやろか』、それが本当の気持ちやろ、お互いが」
身にこたえる真冬の寒さ たき火で寒さと寂しさをしのいだ
真冬の寒さが、体にこたえます。1日中たき火を焚いて、寒さをしのいでいました。 (髙橋さん)「お風呂も入れないし、1週間ほどね。それが辛かった。自衛隊さんのお風呂に並んで・・・寒かったね」
仮設住宅の抽選に外れ涙
仮設住宅は、抽選で当たった人が入居できる仕組みでした。 地震発生から1ヵ月、期待に胸を膨らませますが・・・ (大西さん)「ワー、大西3つもあるのに(だめか)」 (女性たち)「ない、ない、ない、みんなない」 (溝下さん)「まあ、しかたないさ」 (女性たち)「また、今の生活に戻らなくちゃ」「いいやん、仲よし村ができたんやから」
いつまでこの生活が続くかわからず、みんな、不安が募っていました。 (髙橋さん)「外では明るくふるまってるけど、心では泣いてるもんね・・・」
(当時を振り返る髙橋さん)「ほんまに心では泣いてますよ・・・やせ我慢で頑張ってきました」 「『これからやっていけるかな』という不安と、『とりあえずここらへ戻ってこられたらいいね』と心に思いながら」
先の見えない日々 励ましあって過ごした
「大西さん、もうちょっと上へあがって寝られへんの?足踏むよ」 「ええねん。踏んだらええねん」 「ガー(男性のいびき)」 「ビシッ(手をたたく音)」 「(一同)ワハハハッ」 「どういうふうに例えていいかわからんでしょ。被災者がテントの中で、こんな笑い合って酒飲んでな」 「これが全然知らん者どうしやもんな」 先が見えない日々を励ましあいながら過ごしました。
約100日間に及んだ共同生活を終えて“解散”
その年の4月いっぱいで、「仲よしテント村」は解散となりました。およそ100日間に及ぶ共同生活でした。 髙橋さんは、いったん会社の寮に入ったあと、仮設住宅でおよそ4ヵ月暮らしました。震災から1年後には、もとの場所に自宅を建て直すことができました。