トヨタ自動車・北村祥治前主将がチームに込めた思い 今夏の都市対抗終了後、異例の主将交代劇の真相とは
今秋の社会人野球日本選手権では、トヨタ自動車が2大会ぶり7度目の優勝を遂げた。決勝のHonda戦では、主将の逢沢崚介外野手(28)が初回に決勝の右越え3ラン。ホームを踏みしめた逢沢をハイタッチで出迎えたのが、前主将の北村祥治内野手(30)だった。 今夏の都市対抗は、三菱重工Westに2―9で敗れた。2連覇を目指しながら予期せぬ形での2回戦敗退。「これは何か一つ、チームに刺激を与えなきゃいけない」。北村は試合後、都内のホテルに戻ると、すぐさま藤原航平監督の部屋を訪れた。 「先頭にいてチームを支えることに変わりはありませんが、キャプテンを変えていただけませんか」 北村は22年に主将に就任した。ナインに繰り返し伝えてきたのは「全員がキャプテンになったつもりでやってほしい」。自分はどうすれば、勝利に貢献できるのか――。試合に出る、出ないは関係ない。主体性を持ち、一人一人が自らの役割に徹することを、北村は求めた。そんな北村の考えは徐々に浸透していく。チームは同年の都市対抗で4強進出を果たすと、日本選手権では4大会ぶり6度目の優勝を飾った。翌年夏の都市対抗も勝ち抜き、7年ぶり2度目の優勝。積年の目標である都市対抗3連覇に向けて着実に前進しているかに見えたが、昨秋の日本選手権、今夏の都市対抗とも2回戦で敗れた。北村は回想する。 「都市対抗の2連覇がなくなって、もう1回、チームを作り直さないといけなくなった。来年に向けて“中堅、若手と言われるメンバーが引っ張っていかなければいけない”ということはそれまでもずっと言い続けていたので、僕の勝手な判断ではありましたが、この負けがいいタイミングではないかと。そう思って、監督さんに相談させていただきました」 北村はこれまで以上に、若手と中堅に自覚と責任感を植え付けたかった。仮に年明けから新チームに移行した場合、1、2月は個人練習の期間が大半を占める。本格的にチームとして稼働するのは3月に入ってから。5月半ばから都市対抗東海予選が開幕することを思えば、新しいチームとしての準備期間は限られていた。 「1日でも早く新体制でスタートする方がいいと思いました。日本選手権も勝ちに行く中で、来年の都市対抗に向けても準備をしていかなければいけないので」 2週間後、北村から重責を受け継いだ逢沢は先頭に立って、チームをけん引。要所要所で北村をはじめとするベテランも後方支援を惜しまず、逢沢新主将のチームは日本選手権で見事、頂点に返り咲いた。北村は言う。 「逢沢がやっぱり1番変わったというか。だからこそ、決勝の3ランがあそこで打てたし、それだけ成長したのだと思います。そういう意味ではいい時期にバトンを渡せたのかな、と」 チームの勝利を願ったからこその異例の交代劇は、最高の形で来夏の都市対抗につながった。