吉田沙保里、伊調馨ら不在の女子レスリング界に起きている変化
「これまでは、力はあるのに発揮しきれないという選手はわざと非五輪階級に出場して調子と自信を取り戻し、それから五輪階級の争いに戻ってくるということもあった。でも、東京五輪でしっかり勝つためには、目指す選手は全員、五輪階級に集中して出場して競いあって強くならないと。そうしないと間に合わない」 たとえば、女子53kg級世界2位の向田真優(至学館大学)は55kg級に出場して優勝したが、今後は53kg級に挑戦してほしいという。そして、世界選手権の代表選考については、あくまで五輪階級で競い合っているレベルの選手を中心に、非五輪階級の代表も選出してゆくつもりだと続けた。国際ルールで設定されているので10階級には従うが、選手強化としては五輪で実施される6階級に集中する。 確実に金メダルをという強い思いが、栄強化委員長に「間に合わない」という表現をさせたが、東京五輪を目指すいまの選手たちが、吉田沙保里や伊調馨ら、これまで日本の女子レスリングを引っ張ってきた金メダリストたちに比べて劣っているというわけではない。2004年アテネ五輪で女子レスリングが正式種目となってから13年が経ち、女子レスリングそのものの質的な進化が、激しい争いを生み出しているといえる。 これまで、女子レスリングの試合はおのおのの選手が得点源とする技を散発的に繰り出すパターンの試合展開を多く行ってきた。たとえば、タックルが得意ならば、動き回って相手との得意な距離をつくることに専心し、やりやすいタイミングだけを狙って飛び出すといった具合だ。日本で盛んな子どものレスリングでもよく見られる光景で、相手としっかり組み合う時間はあまり長くない。 ところが、2012年のロンドン五輪前後から、女子の試合でも組み合う時間が長くなってきた。女子の軽量級は相手と距離をとって素早く動きまわり合う時間が特に長かったので、現在は総合格闘家で元世界王者の山本美憂は「私が知ってる軽量級じゃない」と苦笑いしながら、やりづらさを口にしたこともあるほどだ。お互いにスピードを上げて動き回り続けながら攻撃を挟む展開は減ったが、複雑な動きから得点へ結びつけるダイナミックさは増した。