シリコンバレーは「自動車」を作れるか?
レシピ本で“料理長の料理”が作れるか
もう一点、経済評論家やIT関係者が分かっていないのは、クルマはアナログな製品であるということだ。コンピューターの場合、構成部品の一覧表があれば、それを組み立てれば同じ仕様のものができあがるが、クルマはそうではない。デジタルは限られた一部の領域である。近年その範囲が拡大しているのは確かだが、制御の結果動く全てのアクチュエーターはデジタルではなくメカニカル=アナログな仕組みであり、そのアナログな部分が占める部分がクルマの性能の多くを左右するのだ。データはデータでしかない。 例えて言えば、かつての帝国ホテル料理長村上信夫氏が書いたレシピ本を見れば、誰にでも「帝国ホテルキッチン」や「レ セゾン」の料理が再現できると言われて「ああ、そりゃそうだ」と同意できるだろうか? そんなバカバカしい話を大真面目にしているのが不思議でならない。 世界中に山ほどある自動車メーカーのクルマは乗ればそれぞれ違いがある。それはメカニカルな領域での様々なセッティングの積み重ねによるものだ。
例えばロータスの二代目エラン(M100系)というクルマがある。これは当時のロータスが「FFで世界一のハンドリングカー」を目指して作ったものだ。当時GMグループに属していたロータスは、同じくGMグループにあった、いすゞのDOHC4気筒ユニットを搭載して、素晴らしいハンドリングカーに仕上げた。1990年代のスポーツカーとして「さすがはロータス」と世界から喝采を浴びたモデルである。 ロータスはこのエランの生産終了後、その生産設備一式を韓国の起亜自動車に譲渡する。起亜ではエンジンをマツダ製に換装して、このクルマをKIAビガートというモデル名で販売した。ボディもシャシーも主要部分には変更は加えられていない。生産設備そのものもロータスから譲り受けている。にも関わらず、その評判は酷いものだった。さっきのレシピの話を思い出して欲しい。最後にクルマをクルマ足らしめるのは、図面でもなければ、部品でもない。それを統括して仕上げる力である。