ユダヤ文化を知る――京都の職人が作ったコマがイスラエル人に大好評だった話
金やダイヤモンドをちりばめた900万円のコマ
宗教道具ということもあるのだろうが、ユダヤ人のコマに対する思い入れには並々ならないものがある。ある宗教用の通販サイトで、コマが6万ドル(現在のレートで約900万円)で売られているのを見つけた。金やダイヤモンドがちりばめられた豪華なものなので、当然廻して遊ぶためのコマではないと思う。それでも、コマをモチーフに宝飾品を作るという発想そのものが、いかにユダヤ人がコマを大事にしているかをよく表している。 対して日本はどうだろうか。冒頭での問いかけにも戻るが、最後にコマで遊んだのがいつのことか、思い出せる人はどれくらいいるだろう。筆者の場合、小学校低学年の頃に「日本の遊び」という授業でコマ遊びをしたことは覚えているが、大人になってからは、中村さんと出会うまでコマに触れる機会はなかったと思う。 もったいない、と直感的に思った。海外で大事にされているもの(この場合はコマ)を、日本人の手仕事職人が作れば、十分に販売可能ではないか。京都の伝統工芸品について調査する中で、筆者の頭の中には、「日本の伝統文化に使用される工芸品を、他国や他宗教の用途に転用できるのではないか」という仮説が生まれていた。その際に重要なのは、日本のコマをそのまま持っていくのではなく、イスラエル風にアレンジをすることだ。 もちろん、そう簡単な話ではない。特に宗教に関するものは、人々の思いが詰まったものである以上、中途半端にやってしまうと「我々の宗教を軽視している」と炎上する事態も覚悟せざるを得ない。それでも、様々な人との調整があるからこそ、やりがいもあるし、何より自分の勉強にもなる。しばらく熟慮を続けた後、筆者は思いきって中村さんにこう持ち掛けてみた。 「一緒にユダヤコマを作りませんか?」
完成したハヌカ用のコマはすぐに完売
「え、ユダヤコマですか?」 中村さんも若干びっくりした様子だったが、筆者がユダヤ教のコマについて調べた内容を伝えると、一緒に取り組むことを快諾して下さった。中村さんも「宗教的なものなので、現地の方が受け入れて下さるかどうか」という点を心配していたが、それこそが「価値観の通訳」を自称している筆者の強みでもあるので、とにかく動いてみることにした。 まず、コマのデザインから始めた。筆者はハヌカのお祭りには1度しか招待されておらず、その内容やしきたりについて深く理解できていない。イスラエルに住んでいる友人や、前稿の「ラビ茶」で世話になった2人のラビ、ビンヨミン・エデリー氏とモルデカイ・グルマハ氏にも協力を要請した。2人とは実際に中村さんの店舗を訪れて、どんなデザインがいいかを一緒に考えた。 アイディアを出すことよりも、それを形にする方が難しいが、中村さんは見事な手さばきでコマに落とし込んでいく。そうして数カ月後には、5種類のコマが完成した。いずれもハヌカの祭りを象徴するアイテムをモチーフにした素敵なコマなので、ここで紹介したい。 1つ目のコマはドーナツを象ったものだ。ハヌカの祭りにはスフガニヤと呼ばれる揚げドーナツを食べる習慣がある。スフガニヤは、祭の期間中は街の至る所で売られ、家庭でも食べられる。外はサクサク、中はもっちりとした食感で、通常ジャム(ラズベリーやいちご)やクリームが詰められている。宗教に熱心な方々が街中で配り歩いていることもあり、筆者も留学中に住んでいたエルサレムの大学寮に配りに来た人から1つ頂いた経験がある。 2つ目のコマは蝋燭立てをモチーフとした。ハヌカの祭りには、「ハヌキヤ」と呼ばれる左右8つに枝分かれした蝋燭立てが不可欠である。8日間続く祭りの期間中、毎晩1本ずつ祝福を唱えながら蝋燭を灯し、8日目には全ての蝋燭が灯ることになる。セレウコス朝からユダヤ人がエルサレムの神殿を奪還した際に、聖なる灯り(ネル・ハマアル)を灯そうとしたところ、オリーブ油の小瓶しか見つからなかったが、灯りが8日間燃え続いた。この奇跡を記念し、8本の蝋燭を8日間に分けて灯す伝統が生まれたという。中村さんが作ったコマは、回転させると残像で蝋燭に火が灯るように見える仕掛けが施されている。 3つ目のモチーフは油さしである。上述の、少量の油が長く燃え続けた奇跡を象徴し、ハヌカでは燭台の中心に油さしが置かれる。中村さんのコマをよく見ると、油さしだとわかるように、したたり落ちる油が表現されている。 4つ目はコイン。ハヌカの祭りでは、子供たちはゲルトと呼ばれるコインをもらえる。最近はチョコレート製が多いというが、単に贈り物として渡されるだけでなく、コマを廻して出た目に応じてもらえる遊びもある。出た目によっては、逆にコインを没収されたりすることもあるという。 そして5つ目が、本式のユダヤコマである。すでに述べたように、側面に「そこで偉大な奇跡が起こった」を意味する4文字が書かれているのが特徴だ。モルデカイ氏いわく「エルサレムで使用する場合は1文字が変わり、“そこ”ではなく“ここ”という意味になる」という。エルサレムで使うコマのほうが例外のような扱いなのは、イスラエル本国よりもディアスポラとして国外に住む人口が多いユダヤ人ならではの文化である。確かに、イスラエルで売られているコマはどれも「ここ」の頭文字になっていた。ロンドンやニューヨークで売っているコマには、きっと「そこ」の頭文字が書いてあるのだろう。 こうして完成したコマだが、驚いたことに、試作品で作った10セットはすぐに完売、その後も10セット単位で買って下さる方もいた。多くはイスラエルからの観光客がお土産に買っていくそうだが、日本在住のユダヤ人が買うこともあるらしい。実際に購入した人に話を聞くと、「イスラエルで売っているコマとは比較にならないくらい、細工が細かくて、手作りならではの暖かさを感じられる。ハヌカで子供にプレゼントするために買ったけど、やっぱり自分で使うことにしたよ」と顔を綻ばせていた。