『ちはやふる plus きみがため』末次由紀著 評者:三木那由他【このマンガもすごい!】
評者:三木那由他(大阪大学大学院人文学研究科講師)
『ちはやふる』は14年の長期にわたって連載された大ヒット漫画だが、本作『ちはやふる plus(プラス) きみがため』はその続編に当たる。舞台は前作と同じ瑞沢(みずさわ)高校。前作では主人公の綾瀬千早(あやせちはや)が仲間を集めて競技かるた部を設立し、全国クラスの強豪校へと押し上げていった。本作は、そんな千早たちが卒業した直後の瑞沢かるた部の物語である。 主人公のひとり長良凛月(ながらりつ)は、亡くなった母の遺品から、母が若いころに競技かるたにのめり込んでいたことを知り、そのころの母を知るひとと会いたいという気持ちを抱きながら、かるたに情熱を傾けている。 もうひとりの主人公である秋野千隼(あきのちはや)は、かるたについては完全な初心者で、凛月に導かれるようにしてかるた部に加わることになった。経験は足りないが並外れた記憶力を持ち、すでに才能の片鱗を見せている。 本作には前作から引き続いて登場するキャラクターも多く、「続編」らしさもしっかりある。一方で、テーマ性において前作との大きな違いを感じさせる点もあり、本作を単なる「続編」の域を超えた興味深い作品にしている。 競技もの漫画では、しばしば周りにサポートされながら、すべての青春を競技に捧げ、熱く生きる者たちの姿が描かれがちだ。しかし本作では、家庭環境などのどうしようもない事情で、情熱を捧げたくても捧げられないという人物に焦点が当たるのである。 凛月は、母の死後、多忙な父に代わって幼い妹の面倒を見ながら家事をほとんど一手に引き受けている。手が回り切らず、食事を思うように用意できず自分を責める場面もある。 千隼は、支配的な母親のもとで極端に自由の少ない生活を送っている。厳しい門限があり、それを破ると玄関で寝かされる。スマホは買い与えられず、自力で手に入れても見つかれば没収され、破壊される。小遣いもろくにもらえていないようだ。 これらの問題は、現在刊行されている範囲では何も解決していない。それは子供たち自身や教師がどうにかできることではないのだ。 思う存分に青春を競技へと捧げられるのは、実はひとつの特権であることが本作ではありありと暴かれる。それでも凛月たちはかるたに燃える。「お金も時間も自分のものじゃない でも心は自分のものだ」。そう独白し、このどうしようもなく不自由な世界で歩き続ける。 私自身はスポーツにハマったことはない。ただ、私個人の好みはともかく、私も含め性的、その他のマイノリティにとってスポーツの世界はそもそも居心地が悪く参加しづらいものになりがちな面がある。それなのに、そうした「参加しにくさ」はあまり語られない。本作は「参加しにくい者」を語り、その空隙を埋める新鮮な作品だ。 始まって間もない本作が、最終的にどこに向かうのかはまだわからない。けれど、この「すべてを捧げられない環境にいる者たちの物語」の行く末を、私はどこまでも追っていきたく思っている。 (『中央公論』2024年12月号より) ◆三木那由他 大阪大学大学院人文学研究科講師