「キラキラ」より「そこそこ」起業が幸せになる本当 経営学者が問う「企業家になるのって幸せ?」
ところが、この「起業家」から「企業家」への変換の過程で、論文にするため「理論的には不要」と削ぎ落としてきたインタビュー・データのなかに、「現象」として認知しつつも、私が(ひょっとすると企業家研究に携わる、多くの研究者の方々も)ずっと論文に書いてこなかったことがあるのです。 例えば革新的な製品やサービス、ビジネスモデルの提供といった、多くの学生が憧れるような派手な話題の陰に隠された、創業初期の資金繰りをめぐる困難や、会社が大きくなっていく中でいろいろなステークホルダーとの調整に翻弄され、起業した頃の情熱や夢を忘れていく姿です。
私が出会った企業家の中には、サラ金からお金を借りて、そのお金で借金を返していくという自転車操業を乗り越えた方が何人もいました。 何とか会社が軌道にのり、黒字化しても、お金にまつわる苦労は終わりません。行政からの補助金獲得のための資料作りに、出資を求めてのVC(ベンチャーキャピタル)行脚。それが上手くいって資金を獲得しても、一息つく暇はありません。 事業が大きくなるほどに、最初は強力な提携相手だったはずの行政組織やVCが、出資者の立場からいろいろ横槍を入れてきて、最悪の場合はせっかく作った会社を乗っ取られたりします。
そうこうしているうちに、起業したての頃、キラキラした夢や希望を語っていた企業家の方が、会社の成長と反比例するように、引きつった表情に変わっていくのを何度も見てきました。 だからこそ、夢と希望に満ちた事業計画を語る学生の相談に乗った後に、考え込んでしまう時間が増えていったのです。 そもそも、企業家になることって、幸せに人生を送る方法なのでしょうか? ■「会社にすると苦労が多いし、面白くないんじゃ」
そんなことを考えている時に、思い出したのが父親のことでした。 私の父親は、大工道具一式を抱えて、どこからか仕事をもらってきては家を建てる流しの大工でした。 大工は家を建てるための木材加工技術に長けているだけでなく、土木屋さん、左官屋さん、塗装屋さん、電気屋さんなど住宅建設に関わるさまざまな職人さんや技術者を取りまとめる、建築現場管理のプロフェッショナルでもあります。 この現場管理の能力を持つ大工さんのことを「棟梁」と呼びます。私の父親も現場では、皆から「棟梁!」と呼ばれていました。