老練のドキュメンタリー映画監督が追う「チベット・ケサル大王伝」とは何か?
大酒飲みの王…草原の民の庶民文化
金や銅、レアメタルなど鉱物資源が豊富な東チベットは、近年になって大規模な採掘が行われ、それに伴い高速道路が建設されるなど開発が行われてきた。中国の主要民族である漢民族が多く住むようになり、草原を下りたチベット人たちは仕事を得るために中国語を話さざるを得なくなった。一方で若いチベット人たちは中国語に親しみ「中国化」が進んでいる。2008年のチベット騒乱以降、150人ものチベット人が抗議の焼身自殺を図り世界的に問題となったが、そのほとんどが東チベットのチベット人だったという事実は、焼身の背景にこの地域の葛藤があることを示している。 一方で、ケサル大王伝は2009年に中国によりユネスコの無形文化遺産に登録され、中国の「観光資源」にもなりつつある。大きな変化の中で、神授型と呼ばれる伝統的な語り部は、現存する語り部たちを最後に今後、生まれてこないかもしれないと言われている。映画のタイトルを「最後の語り部」としているのはそのためだ。 大谷さんは、ケサル大王伝をテーマに映像を撮り続ける理由を次のように話した。 「僕は東チベットの文化を奥まで入って紹介したいと思ったんです。ケサル大王伝はチベット人たちの庶民の文化。日本でチベット文化というと、チベット仏教を中心にとらえられがちですが、庶民の文化、草原の民の文化があって、彼らの理想や願望がケサルに託されていると思うのですね。ケサルは大酒飲みで女性に騙されちゃうような、ある意味、だらしのない男でもある。人間味あふれる英雄なんです。そうした日本でこれまであまり紹介されてこなかったチベットの庶民文化と、その庶民文化が今、どのように伝えられているかを映像で残したいとと思ったのです」 大谷さんによると、ケサル大王伝からは仏教が広まる以前のチベットの姿も垣間見えるという。「ボン教やシャーマニズムの世界。日本の神道と似ているところがあります」。70歳になった今日もドキュメンタリー映像を追い続ける大谷さん。自身の今後の取り組みは未定としつつ、若い人たちに期待する思いを語った。「今は誰でも簡単に映像が撮れる時代。創作した映像があふれていますが、ドキュメンタリーを撮る若い人たちがもっと増えてドキュメンタリーを盛り上げてくれたら嬉しいですね」。 「チベット・ケサル大王伝~最後の語り部たち」は東京・吉祥寺のアップルリンク吉祥寺で4月25日まで上映中。その後、5月24日から大阪・シアターセブンで上映予定だ。 (フリーライター 三好達也)