2025年大阪万博こそ「昭和100年」を象徴するイベント……終わらない昭和を古市憲寿が考える
万博は未来のショーケースだった
今から約170年前にロンドンで産声をあげた万博は、人類の未来をプレゼンテーションする舞台として機能してきた(注8)。 1851年のロンドン万博では巨大なガラス建築「水晶宮」が注目を浴び、2年後のニューヨーク万博ではエレベーターが実演披露された。1876年のフィラデルフィア万博では世界最大の蒸気機関が人気を集める。1889年のパリ万博に合わせてエッフェル塔が建設され、エジソンの蓄音機が話題の的となった。 1970年の大阪万博も、未来を体現したものだった。月の石が展示され、動く歩道が整備され、テレビ電話や人間洗濯機が注目を集めた。実現されなかった製品を含め、1970年万博は未来社会の実験場でもあった(注9)。 そして2025年、再び大阪で万博が開催される。だが1970年と大きく違うのは、万博会場という具体的な場所で、未来を展示する意味が全くなくなってしまったことだ。 21世紀の未来は、スマートフォンの中で、ある日突然始まる。2016(昭91)年の「ポケモンGO」や、2022(昭97)年のChatGPTなど画期的なサービスは、リリースされてすぐにインターネットを通じて世界中で大量のユーザーを獲得した。未来を体験したいならスマートフォンを開けばいい。 そもそも21世紀の未来は、目に見えにくい。昭和が終わった1990年代、世界は工業社会から情報社会への転換を経験した。自動車や鉄道など工業が主役の時代から、インターネットやAIなど情報技術が影響力を持つ時代に変わったのである。 工業社会の万博ならば、「空飛ぶクルマ」や「リニアモーターカー」の模型でも展示していれば、未来を演出することができただろう。しかし情報社会となった2025年万博では、もはやわざわざ会場で展示するものなどあるはずがないのだ。 2025年万博の目玉として報道されているのが、空飛ぶクルマである。そして月の石の再展示も検討されているという。どちらも工業社会の遺物のような代物だ。機能的にヘリコプターと大差のない空飛ぶクルマに新奇性はないし、今さら月の石を見たい人が多いとは思えない(注10)。 このままでは大阪万博は、終わったはずの昭和を象徴するようなイベントになるだろう。まさに昭和100年を記念するのに相応しい国家的行事と言える。 ※8 平野暁臣『万博の歴史 大阪万博はなぜ最強たり得たのか』小学館クリエイティブ、2016年。 ※9 人間洗濯機は介護用機器として再注目されている。大阪万博が構想した、人間が身体を動かさずに済む「未来」は、高齢化の進む日本で現実的な要望になりつつある。 ※10 上野の国立科学博物館では、アポロ11号とアポロ17号が持ち帰った月の石が常設展示されている。地下3階の片隅の展示なのだが、足を止める人は少ない。