『ゴールデンカムイ』謎めいたアイヌの女性、インカㇻマッはどのように命名されたのか…監修者が語るキャラクター設定の裏話
絵から学ぶアイヌ文化#3
現在、実写ドラマが放送され注目を集めている『ゴールデンカムイ』。同作には多くの名場面がありますが、ちょっとしたアイヌ文化の知識があると、より深く楽しめるようになることは間違いありません。 【画像】「百戦錬磨のイコインカㇻマッ(とりあげ女)なのよ」と呼ばれるシーンも 今回はドラマ第4話で初めて登場する謎めいたアイヌの女性、インカㇻマッに注目します。実はこのキャラクターの名前を付けたのは、アイヌ語監修を務める中川裕氏だったとのこと。同氏による新書『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』より一部を抜粋してお届けします。
インカㇻマッの名前の由来
インカㇻマッは私の考えたオリジナルな名前ですので、実のところ一番愛着のある名前です。ただ、この名前を考えた時点では、「ゴールデンカムイ」がアニメ化・実写化されるなどとは思ってもいませんでした。 日本語のせりふの中でこの名前が入ってくると、アシㇼパやキロランケと違って、最後が「ッ」、つまり日本語にはないtの音で終わっている名前ですので、「インカㇻマッが」とか「インカㇻマッを」のように言おうとすると、非常に言いにくいのです。 アニメで彼女の名前を呼ぶ機会が一番多かったのは、谷垣役の細谷佳正さんだったので、だいぶ苦労したようです。一方、白石は終始「インカㇻマッちゃん」と呼んでいて、これは日本語の「マッちゃん」と同じ発音になるので、白石役の伊藤健太郎さんは非常に言いやすくて助かったようです。 なお、23巻231話でお産のシーンになった時、オソマのお母さんが「フチは歳の頃からお産を助けてる、百戦錬磨のイコインカㇻマッ(とりあげ女)なのよ」と言っています。このイコインカㇻマッとインカㇻマッが言葉として似ているのは偶然ではなく、ちゃんと関係があります。 インカㇻは「見る」という意味の自動詞。アイヌ語で自動詞と他動詞ははっきり区別されていて、同じ見るでも見る対象がはっきり決まっている場合は、他動詞のヌカㇻという形を使います。 それに対して、あらかじめ見る対象が決まっていない、つまり見てはじめてそこに何があるのかを知る場合は自動詞のインカㇻの方を使うのです。 インカㇻマッは未来に起こることや、行方不明になったもの、見ることによってはじめてそれがどういうものであるか、どこにあるかがわかるようなものを見通す力を持った女性ということで、そういう名前を考えました。 前著『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』で説明したように、昔のアイヌは子供がある程度大きくなって、個性がはっきりとわかるようになってから、はじめて名前をつけました。だから、彼女も小さな頃からそのような能力で人を驚かせていたので、それで親がそのように名づけたという設定です。 そしてイコインカㇻマッの方ですが、コは「~に向かって」とか「~に対して」という意味で、コインカㇻは何を見るかは確定していないが、どこを見るかは決まっているということを表します。そのため「~を見守る」と訳されます。 イはイオマンテのイと同じで、本来は漠然と「モノ」一般を表しますが、言わなくてもわかっているものを指すこともあります。この場合は後者で、イコインカㇻは「例のものを見守る」ということから、「お産を見守る」=「産婆する」ということになるわけです。