ネットがなかった江戸時代、「かわら版」は庶民のニュースであり娯楽だった
── 先生は江戸の町を襲った地震がかわら版屋をジャーナリストに変貌させたと指摘されています。 森田:安政江戸地震では、約600種類のかわら版が出たようです。半日後にはかわら版が出回り、「地震が収まりました」、「御救小屋(幕府が設置した避難所)はここにあります」といった情報が掲載されていました。 悲しいときに悲しい情報を出すのではなくて、救いのある情報や「鯰絵」(地震を擬人化した戯画)を出すなど明るくしようとした話題が多かったようです。暗い話で終わっているかわら版を私は持っていません。 メディアを考えるときに面白いですね。かわら版というのはもっと注目されていいと思います。 ---------- THE PAGEでは4月18日から、明治初期に撮影された古写真の連載「古写真で知る幕末明治の日本(仮)」を森田先生の執筆でスタートする予定です。