自民党内で嫌われ者だからこそ支持される「石破茂首相」の“ジレンマ”…総理就任で生じた深い“悩み”の正体
石破茂タイプの“消滅”
ちなみに「40日抗争」の際、主流派が大平首相を続投させようと両院議員総会の強行開催を決めると、非主流派は総会を開く党ホールにバリケードを設置した。バリケードの前で浜田幸一氏が怒りを炸裂させた場面は当時のテレビで大きく報道され、今でも語り草だ。 なぜ“無数の石破茂”は自民党から消えたのか。選挙制度が中選挙区制から小選挙区制に変わったことを理由に挙げる識者は多い。 中選挙区制では1つの選挙区で複数の候補者が当選する。自民党の議員同士が戦うことは日常の光景であり、そのために派閥の支援を取り付けることが必要だった。 その分、党本部の統制は緩やかだったとも言える。自民党の国会議員にとって最も忠誠を尽くすべき相手は派閥であり、党は二番目だったのだ。 一方、小選挙区制は1人の候補者が政党を背負って戦うシステムだ。党の公認が得られなければ当選は難しい。 中選挙区制の国会議員は“一国一城の主”だった。たとえ自民党総裁=首相に苦言を呈しても、派閥が守ってくれた。しかし小選挙区制では総裁=首相の意向が絶対であり、国会議員であっても党本部の指示には逆らえない。つまり組織に仕える“会社員”や“一兵卒”に変わってしまったのだ。 「こうして昭和の自民党が持っていた美徳は失われましたが、不思議と石破さんは“相手が首相でもモノ申す”という政治姿勢を保ち続けました。その結果、石破さんは自民党で嫌われるようになったと思います。その一方で、例えば『酒を一緒に飲んでも楽しくない』という報道は疑問です。石破さんが鉄オタ、アイドルオタなのは有名ですが、それ以外の話題も豊富です。私も何度か雑談したことがありますが、政治議論など抜きで、楽しい話に終始しました」(同・伊藤氏)
国民と重鎮の対立
石破茂氏は10月1日、衆参両院の本会議で第102代の首相に指名された。これまで石破氏は自民党内で嫌われていたからこそ、党員や一般の有権者から人気を得ていた。ところが首相になると、それが一種の“ジレンマ”として機能する可能性があるという。 「総裁選で石破さんは衆院の早期解散には否定的な見解を示していました。ところが9月30日の会見で、10月27日に衆院選の投開票を行うと発表しました。要するに党重鎮の意向を石破さんは丸のみしたのでしょう。こういうことが続くと、国民が『石破さんは従来の自民党議員とは違うから応援していたのに、結局は一緒じゃないか』という疑問を持つ可能性があります」(同・伊藤氏) 重鎮の意向を無視すれば、国民の人気は得られるかもしれない。だが、それでは党内が保たない。 「重鎮の意向と国民の希望が対立した場合、それにどう折り合いを付けるか、石破内閣の重要課題だと言えます。ただ、これは結局のところ、衆院選の結果が大きな影響を与えると思います。自民党にとって許容できる議席数を維持できれば、石破さんに対する重鎮の要求は減るでしょう。石破さんは自身のカラーを出しやすくなるはずです。逆に敗北してしまうと、ますます重鎮には逆らえなくなります。こうなると国民の『これでは石破さんらしくない』という不満が強まり、内閣支持率が低下してしまう可能性があります」(同・伊藤氏) 註:自民・伊吹氏「幹事長は我を抑えなさい」 石破氏に説教50分(朝日新聞朝刊:2012年10月12日) デイリー新潮編集部
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