自分は「自由な恋愛をしようと思った」…中山美穂さんが背負っていた「亡き親友の思い」
6日、54歳という若さで中山美穂さんが亡くなった。歌手として女優として、約40年にわたる活動に突然終止符が打たれたことを哀しむ声があふれている。 【画像】「また来るね」…中山美穂さんが“大切な人”と時間を過ごしていた場所 当日はクリスマスコンサート「Miho Nakayama Christmas Concert 2024 in Billboard Live」大阪公演を開催予定だったが、午前9時の待ち合わせ場所に現れず、不審に思った事務所関係者が自宅を訪れたところ、浴槽で亡くなっていたのを発見した。検視の結果、事件性はなく、入浴中に起きた不慮の事故によるものだという。一世を風靡したスーパーアイドルとの、あまりに突然の別れとなった。 前編記事『「一緒に暮らす男性に包丁を振り回された」ことも…複雑な家庭で育った中山美穂さんが“寡黙で人見知り”だった「もうひとつの素顔」』に続き、彼女の人生を振り返る。
亡き親友の思いを背負って
歌手としてのイメチェンは、86年春の『色・ホワイトブレンド』で飛躍的に成功する。竹内まりやが作詞作曲を手がけたカネボウのCMソングだ。 一方、資生堂のCMソングは岡田有希子の『くちびるNetwork』。竹内が作詞作曲した歌で84年のレコ大最優秀新人賞に輝いた彼女はこの春に自殺してしまうわけだが、その9日前にも自殺した芸能人がいた。 中山の親友で、かつて同じモデル系事務所に所属し、5月には歌手デビューも決まっていた遠藤康子だ。その訃報を知らされた彼女はエッセイ集『なぜならやさしいまちがあったから』のなかで「数日前に話した時になにも死を感じてあげることができず、自分を責めました」と書いている。 そして、2年後には自ら作詞作曲した『Long Distance To The Heaven』で彼女を追悼した。エッセイ集『P.S. I LOVE YOU』のなかでは、この作品に触れつつ、「今、私が歌ったり芝居していられるのは、彼女とのお別れがあったから。お別れした彼女のぶんまで、がんばってみせるという約束をしたから。彼女のぶんまで、素敵な女性になろうと思っているから」という決意を語った。 また『なぜならやさしいまちがあったから』では、自殺の原因について「お付き合いしている男性と別れなさいと言われたのではないだろうか? と幼い頭でそう解釈したのです」とも書き、「(自分は)誰にも止めることを許さない自由な恋愛をしようと思った」と綴っている。