一番の被災は「加害者がいること」 全町避難の富岡町ルポ(下)
多くの人に現実を知ってもらいたい
町内見学が終わり、福島第二原発に到着した。町内に入った人は、ここでスクリーニング検査を受けてから町外に出る。藤田さんは最後に「なぜ富岡町を案内しようと思ったのか」などツアー発足の経緯などを語った。 ―――「避難者には賠償金が支払われる」などの報道が出ますが、賠償の違いで関係がぎくしゃくすることもあります。友人が、富岡町からいわき市に移った。一時帰宅のとき、一緒にいかないかと誘った。友人はカメラを持って行ったが、一枚も撮らなかった。「これみたら、撮れねえ」と。これが頭にあった。 ―――ぼくらは声をあげても、うまく聞いてもらえないことが多かった。自分が疲れるだけで、動くほど、無力感もあった。ただ、「とみおか子ども未来ネットワーク」という町民が町の未来を考える取り組みを始めた。現状を知ってもらい、まわりに話し、だんだん輪が広がっていった。 ―――自分の会社の事業も大変だから、そちらに専念したい気持ちもある。でも後ろ髪をひかれるんです。このツアーは、組織化を目指しています。実態をたくさんの人に知ってもらい、つながることが大事だと思っています。 最後に、一つのバンドが配られた。 ―――去年開かれた双葉地域の復興イベント「ふたばワールド2013」のリストバンドです。14年ぶりに開かれました。8町村がそれぞれ無限大のマークでデザインされています。一団体でできることは限りがあります。今後もつながりを大切に、広げていきたいと思います。