1億円オーバーは当たり前!「911カレラRS 2.7」は役物ポルシェのはじまり…ナナサンカレラでも別格の存在でした
RSのネーミングを採用した初めての911
ホモロゲートに際して公表されたスペック上の最高出力は210ps。よりハードなサスペンション、より大径のブレーキ、より大きなホイールがシャシーダイナミクスを向上させ、エクステリアにはより薄板のシートメタルとフレアスタイルのオーバーフェンダー、軽量な樹脂製バンパー、そして911のリアスロープに取り付けられた初の純正スポイラーである、特徴的な「ダックテール」が採用された。 RS 2.7はまた、1950年代の「カレラ・パナメリカーナ」ラリーにおけるポルシェの成功を称えた「カレラ」と、ドイツ語で「レーシングスポーツ」を意味する「RS(レンシュポルト)」を組み合わせたネーミングを採用する、最初の911でもあった。 ポルシェは、カレラRS 2.7のホモロゲーションバージョンを2種類開発した。「スポーツ」または「ライトウェイト」モデル、オプションコード「M471」は事実上の競技用で、内装はほとんど取り除かれていた。いっぽうオプションコード「M472」の「ツーリング」バージョンは、ライトウェイトの特徴の一部を備えていたが、より快適な一般道での使用を目的としたものであった。 総生産台数1580台のカレラRS 2.7のうち、1308台が人気の高いM472ツーリング仕様として生産されたとされ、その中には今回紹介する素晴らしい個体も含まれていた。
比較的安価な「ツーリング」仕様でも、1億円オーバー!
2024年5月31日~6月1日にRMサザビーズがカナダ・トロントで開催した「The Dare to Dream Collection」オークションに出品されたカレラRS 2.7は、新車時にはイタリアで販売され、現在と同じく「ライト・アイボリー」のボディに、ブラックのレザレット(ビニールレザー)インテリアという、繊細かつ魅力的なコンビネーションで仕上げられた。ただし、このモデルのアイコンでもあるボディ下部のグラフィック「Carrera」スクリプトは、後年になって追加されたものである。 その後はコネチカット州ウェストポート在住のある人物によって、1986年に米国に輸入されたという。現在でも保管されている書類のコピーによると、このときはテキサス州でいったん登録されたようだが、翌年にはカレラRSのエキスパートとして知られ、「ポルシェ・クラブ・オブ・アメリカ」の歴史家でもあるプレスコット・ケリーがこのRS 2.7を入手することになった。 ケリーの所有期間ののち、このカレラRSは何人かのコレクターを経て、2000年には著名なポルシェ愛好家であり、「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」にも頻繁に参加しているロジャー・ホフマンが入手したのだが、彼がこのクルマを手に入れる前のある時点で、フックス製アロイホイールは「ヴァイパー・グリーン」にペイントされ、ボディサイドにもそれに合わせたグラフィックが施されていたとのことである。